■薄紅の花 02.森の家-06.苗屋の娘 (2015年06月24日UP)

 失ったものを少しずつ埋め合わせるように、日々は穏やかに積み重なって行く。
 月日は双魚を大人の顔に変えた。今ではもう、一人で森へ行ける。
 厚い雲が去り、やさしい風が萌えたばかりの芽を揺らす。雪解けのぬかるみも半月程前に消えた。
 花を目印に薬草を採って回る。
 冬眠から覚めた熊と鉢合わせしたが、術で眠らせ、事なきを得た。起こさないよう、そっと距離を稼ぎ、沢を越えて匂いを消した。
 沢沿いに、群生する白い花を見つけて、足を止める。
 しゃがんで葉の形と匂いも確める。火傷の薬の材料だ。一束分だけ摘んで、更に森の奥へと進む。
 【無尽袋】は使い捨てで勿体ないので、普段は普通の籠に摘む。今日も籠を片手に沢沿いを歩く。
 空に道でもあるのか、色鮮やかな同種の蝶が何頭も行き交っている。
 蛇苺を見つけ、道々、摘みながら歩く。数日前に採った蜂蜜で、養母が蜜煮を作ってくれるだろう。
 木の間に射し込む日はやわらかく、あちこちの枝で、小鳥が春の喜びを歌う。
 養母が服に染め付けてくれた魔除けの印に守られ、雑妖の類は寄って来ない。
 のんびりと薬草を集め、日暮れの少し前に【跳躍】で帰る。

 いつも通り、柵のすぐ外側に移動した。
 丸木小屋の前で、アーモンドがあの日と同じ、薄紅の花を咲かせている。
 双魚は、三年前の力強い手のぬくもりを思い出しながら、丸木小屋に入った。
 「おかえり。双魚、昼ご飯、もうすぐできるからね」
 「ただいま。ねぇ母さん、蛇苺がいっぱい採れたよ」
 「あらあら、嬉しこと。じゃあ後で、蜜煮にしようね。片しとくから、手、洗ってらっしゃい」
 「はい」
 素直に籠を置き、井戸端に出る。
 養父はその背を見送り、籠の中身に目を向けた。
 「最近はちゃんと、薬草と食えるものだけ、採ってくるようになったな」
 「覚えが良くて助かるわぁ」
 養父が薬草を仕分けし、養母が夕飯の支度を続ける。手を休めずに養父が言った。
 「そろそろ、あの話をするか」
 「そうねぇ……」
 夕食後、お茶を飲みながら、養父が切りだした。
 「なぁ、双魚や。苗屋さんの娘さん、覚えてるか?」
 「苗屋さん?……三人くらい居ますよね?」
 「あぁ、まぁ、末っ子は双子で、四人なんだがな」
 「えっ? 四人だったの?」
 驚く双魚に、養母が蜜煮をかき混ぜながら、忍び笑いを漏らす。養父はひとつ咳払いをして、少し身を乗り出した。
 「まぁ、今回、末っ子は関係ない。二番目の娘さんが、まぁ、その……双魚を気に入ったらしくてな」
 そこで言葉を切り、養い子の反応を待つ。
 双魚は苗屋の店先で、入れ替わり立ち替わり、蜜蜂のように働く娘達を思い出そうと、首を捻った。
 末娘が双子であることにすら、気付いていなかった。よく似た顔立ちで、よく働く娘が何人もいる、と思っていただけだ。
 一人一人の顔を思い出そうとしたが、どれが誰やらわからない。みな、年頃が近く、飴色の髪で、小麦色の肌だった。
 陽に透けて輝く髪をキレイだと思ったことはあるが、みな、似たような髪型で、それが誰だったか思い出せない。
 黙りこんでいる双魚に、鍋を火から下ろしながら、養母が聞いた。
 「気に入らないのかい?」
 「えっ? いや、その、二番目の娘さんが、どんな人だったか思い出せなくて……」
 「何だそりゃ? いい若いもんが、苗しか見てなかったのか?」
 養父が目を丸くする。双魚は恥ずかしくなり、思わず俯いた。まだ熱い蛇苺の蜜煮を、保存用の小さな壺に移し、養母が笑う。
 「まだまだ、花よりお菓子の方が嬉しいのよ」
 「一人前になったかと思ってたんだが、まだまだ子供だったか」
 ひとしきり笑い、養父は口調を改めて聞いた。
 「どうする? 次に街へ行ったら、そのつもりで会ってみるか?」
 「えっ? いや、その、どのつもりでしょう……?」
 顔もよく知らない相手と、どういう心積もりで会えばいいのか。
 双魚は困惑した。養母に助けを求める目を向ける。
 「まぁ、そう難しく考えなくても、最初は誰がその娘さんか、会って確めるだけでもいいじゃないの。双魚は気にならないの?」

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第02章.森の家
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