■薄紅の花 02.森の家-13.見習い医 (2015年06月28日UP)

 「大丈夫ッ? 今、凄い音がしたけど、大丈夫ッ!」
 「えっ、あ、あぁ、大丈夫です。袋を開けただけなんで……驚かせてすみません」
 飛び込んできた娘に面食らいながら、答える。
 娘はホッと息を吐き、次の瞬間、耳まで真っ赤になった。火照った頬に両手を当てて、あたふたと言い訳を始める。
 「あ、あぁ、ああぁあぁあぁ、そ、そうなんですか。大丈夫、よかった。私ったら、てっきり倒れちゃったんじゃないかって、縫物放りだしちゃって、ごめんなさい、あ、私ったら、ノックもしないで、あぁあぁ……ごめんなさい、ゴメンナサイ」
 「あ、いえ、俺の方こそ、驚かせてすみません。縫物とかのお礼、どうしようかと思って、荷物、出してたんです」
 「え、あ、あの、私、まだまだ下手で、お礼なんてそんな……服、却ってボロボロになっちゃったかもで、えっと、あの、ゴメンナサイ」
 互いに頭を下げ合う。顔を上げると、娘の頬に血が付いていた。
 「あ……血が……」
 「あ、あぁあぁぁあぁ、やだ、恥ずかしい。大丈夫です。私、不器用で、ちょっと針で指、刺しちゃっただけなんで、あの、このくらい、平気です、大丈夫です」
 双魚は娘の動揺に呑まれないよう、そっと呼吸を整え、治癒の術を使った。幼い頃に習い覚えた童歌のような呪文を唱える。
 「青い翼 命の蛇呼んで 無限の力 今 ここに来て……」
 術が発動し、双魚自身のすり傷も癒えた。娘の目が、驚きに見開かれる。
 「手、もう痛くありませんか?」
 「あ、はい! 大丈夫です! ありがとうございます! ……あの、お医者様、だったんですか?」
 「いえ、まだそんなに癒しの術は使えないんで、医者って言える程じゃないんです。森で薬の材料を採る仕事をしてて、その関係で、医術もちょっと齧った程度で……」
 開け放しの戸口に立つ老婆に気付き、説明する。
 老婆は渋面を作り、娘は明らかに落胆していた。
 「そうは言ってもねぇ……孫の婿に癒し手ってのは、近所に何言われるか、わかったもんじゃないからねぇ」
 「お祖母ちゃん、そんな……」
 双魚の視線で娘も気付き、振り向いて抗議する。その言葉を老婆が遮った。
 「バレなきゃいいってもんじゃないんだよ。薬屋もないこんな田舎じゃ、修行中って言っても、医者は医者だよ。何かの弾みでこの子の知り合いでも来てご覧よ。貴重な癒し手を損なったとあっちゃあ、ウチもタダじゃ済まないからね」
 双魚は、本人抜きで展開する一足飛びの話に、呆然とする。
 娘は肩を落として、出て行った。
 入れ替わりに、老婆が歩み寄る。
 双魚は身を固くして言葉を待つ。
 「お前さんは気にするこたないよ。ウチのバカ娘が勝手にのぼせ上がってるだけなんだから。親御さん……医者だったのかね?」
 双魚は小さく頷き、そのまま下を向いた。
 「……わかったよ。お前さん、苦労してんだね。体がしゃんとするまでは、ウチに居てやってくれんかね?」
 「えぇ、それは、そちらさえ、ご迷惑でなければ……」
 「お前さん、【鍵】は使えるかね? 多分、ないとは思うがね、万が一でも、ウチのが間違いを起こしちゃいけないからね」
 戸惑いながらも、双魚は頷いた。

 遠慮と押し問答の末、何とかお礼を受け取ってもらえた。残った塩と乾物とチーズだけでも、今の双魚には、ずしりと重い。
 娘は夕飯まで戻って来なかった。泣き腫らした目は、真っ赤に充血している。老婆に小言を言われても、首を振るだけで、一言も返さない。
 狩人は、双魚と目が合うと、小さく肩をすくめた。
 「前に村でからかわれたんだよ。それで、最近は連れて行かないようにしてたんだ。村の若い奴は、もうみんな所帯持っちまったからな」

12.森の食事 ←前 次→  14.黄色い茸
第02章.森の家
↑ページトップへ↑

copyright © 2014- 数多の花 All Rights Reserved.