■薄紅の花 02.森の家-14.黄色い茸 (2015年06月28日UP)
気まずい中、数日が過ぎ、双魚は体慣らしに森へ出た。
借りた籠に薬草を少しずつ摘む。泉への小道と泉の周辺だけでも、様々な薬草が手に入った。
昼食後から日暮れ前の僅かな時間で、籠がいっぱいになった。狩人の家に戻り、洗ってから術で水分を抜き、保存と加工の準備をする。
老婆と狩人は、双魚の作業を興味深げに見に来たが、娘はすっかり拗ねてしまったのか、近付こうとさえしなかった。
娘に口をきいてもらえないまま、数日掛けて薬を作った。
使う直前に調合しなければならない物は乾燥させ、粉末にして小瓶に詰める。使い方や効能、注意事項を説明する間も、娘は他に用を作り、外に出てしまった。
狩人に申し訳なさそうな顔をされたが、双魚も何と返事をしていいかわからず、居心地の悪さだけが募った。
獣の解体などの力仕事も手伝えるようになり、双魚の頬もふっくらしてきた。
時折、娘と目が合うが、すぐに逸らされてしまう。相変わらず、会話はない。
服の繕いは一応、終わってはいたが、着られる状態にはならなかった。
老婆は眉を下げて首を横に振り、お詫びだと今借りている服をくれた。
地面に落ちる影が濃くなり、日向に出ると肌が痛い。
日射しが初夏から夏に変わった。
双魚は以前より、遠出するようになった。薬草を求め、森の奥に分け入り、狩人の家から離れる。
木の根元、落ち葉を押しのけ、硬いきのこが生えていた。傘は鮮やかな黄色。柄は橙色。何年も掛けてゆっくりと成長し、老成したきのこは、傘の縁を残して、全体が橙色になる。このきのこは、硬くて食用にはならないが、薬の材料になる。
ここで薬に加工することはできないが、大きな街の薬屋に持って行けば、高値で引き換えてくれる。
見つけたのは、まだ黄色い幼菌だ。一本あれば、近くに数本生える。
双魚は立ち上がって見回した。
木陰で布が動いた。
「誰?」
木の向こうに隠れた者に声を掛ける。
返事の代わりに、娘が姿を現した。血の気を失った堅い表情のまま、落ち葉を踏みしめ、近付いて来る。
双魚は、ここしばらく考えていたことを言葉にした。
「あなたは、旅人の俺が珍しいから、気になっただけだと思います。村にもあんまり行かないそうですし、同じ年頃の人に慣れてないだけなんですよ。もっと村に行くか、何か用事を作って街に出て、もっといろんな人と会えば、俺なんて、すぐにどうでもよくなりますよ」
娘は無言で近付いて来る。
「丁度、今、街に行く用事を見つけたんです。このきのこ、硬くて食べられませんけど、薬になります。加工には色々と器材や薬が必要で、大きな街の薬屋さんでないと引き取ってくれないんですけど、高値で引き換えてくれるんですよ。お父さんに言って、街の薬屋さんに連れて行ってもらうといいですよ」
袖が藪の小枝に引っ掛かったが、娘は歩みを止めない。
「あの……俺の服の事なら、気にしないで下さい。一応、布と糸は持ってましたけど、自分じゃ全然、あぁ言うのできなくて……俺が自分でやってもダメだったと思います」
袖に鉤裂きができたが、娘は双魚をまっすぐ見詰めたまま、ゆっくりと近づいて来る。
「あの、よかったら、あれ、練習用に差し上げます。最後、雑巾にしていただいて結構ですんで、あの……練習、頑張って下さい」
娘は双魚の数歩手前で歩みを止めた。足許の小枝が、乾いた音を立てて折れる。真正面から双魚の目を見詰め、口を開いた。
「ねぇ、私ってそんなに魅力ない?」
「えっ?」
予想外の質問に、双魚は言葉を失った。
娘の表情は変わらず、視線は双魚の目に合わせたまま、動かない。口だけを動かし、質問を重ねた。
「私って、そんなにダメ?」
「えっ……い、いや、あなたがダメじゃなくて、俺がダメなんです。癒し手だから、誰とも……」
質問の意図がわかり、双魚は一歩退がった。
娘は皆まで言わせず、一歩踏み出し、更に問うた。
「お裁縫も碌にできない田舎の野猿だと思って、見下してるんでしょう?」
「えっ……いや、いやいやいやいや、そんなことありませんよ。えーっと……可愛いと思いますよ。街に出れば、年頃の男の人が何人も振り向いたり、声掛けたりすると思います。だから、癒し手の俺じゃなくて、街に出て、もっといろんな人と……」
娘は表情を変えることなく、一気に距離を詰めた。双魚は更に退がろうとしたが、木の幹で強(したた)か背中を打った。
「ねぇ、私って、そんなに、魅力、ない?」
娘は爪先立ちになり、双魚に顔を近付けた。
右手でガサリと藪が動いた。
双魚が音の方を見たと同時に、娘の身体が左手に飛んだ。双魚がそちらに向き直る。