■薄紅の花 02.森の家-07.遺産の瓶 (2015年06月24日UP)

 「えっ? いや、その……」
 気になると言えば、気になるが、それは養父母が思っているような気に仕方ではない。単に、自分に興味を持った人物が何者なのか、確認しておきたいだけだ。
 顔もよく知らない人から、一方的に「そのつもり」で見られていたことを、薄気味悪く思っている……などと言っては、相手に失礼だが、実際、双魚はそう感じていた。
 世事に疎い双魚でも、自分が縁談相手として、あまり宜しくない部類に入ることは、薄々気付いていた。
 天涯孤独の身で、どこの馬の骨とも知れない。ここで養父母の世話になっているが、元々、他所者だ。
 そもそも、曾祖父の代に湖南地方に移住して来たばかりの一族で、この辺りの土着の民とは、髪の色も顔立ちも随分違う。
 これと言った財産もない。
 双魚にとって、財産と呼べるものは、祖父と実父、養父母から教えられた知識と、父の最後の作品だけだった。魔法生物が入った薄紅色の瓶を肌身離さず、持ち歩いている。王子が言った通り、これは他の誰の手にも渡してはならない物だった。
 養父母には、父が工房を構える「職人」だったことと、これが最後の作品とだけ、説明した。
 何の職人か言わなかったが、二人は容器を作る職人と解釈したようだった。
 瓶の封印は厳重で、中身の存在すら感じられない。瓶を握り、蓋に手を掛ければ、辛うじて気配を感じ取ることができる。初めて受け取ったあの時の威圧感は消えていた。
 この瓶を持っていたから、双魚は助けられた。
 あの兵は、状況を打開できるのではないかと、一縷の望みを懸けて、僅かでも事情を知っていそうな双魚を助け、何も知らない弟を見捨てた。
 無力な双魚には、何もできなかった。
 ただ、居合わせた人達の厚意や思惑に守られただけだ。
 あの混乱の中、一人生き残ったのは、単なる幸運でしかない。
 養父母から大切にされればされる程、言い知れぬ身の置き場のなさを感じる。
 あたたかな寝床の中で、ぬくぬくと暮らす後ろめたさから、焼けた針で胸を刺されるような痛みに苛まれ続けていた。
 この思いが罪悪感であることに気付いたのも、つい最近だ。

 あの時、自分が徒歩で忘れ物を取りに行っていれば、少なくとも、父は死ななかった。
 父が生きていれば、他の家族も助かったかもしれない。
 何故、あの時、自分が取りに行くと言わなかったのだろう。
 取り返しがつかないことは、わかっている。
 幼い頃のように、悪夢で跳び起きることはなくなった。それでも、激しい自責と後悔に胸を絞めつけられ、眠れない夜も多い。
 もし、苗屋の次女との縁談がまとまったとして、のうのうと幸せになることが許されるのか。
 双魚は、あの日から会えないままの友達を思い出そうとしたが、顔も呼び名もわからなくなっていた。
 数日前の夢を思い出そうとするように、記憶は掴みどころなく、すり抜けた。
 幼い弟妹の顔も思い出せなくなっている。ただ、雑踏に消えたすぐ下の弟の最後の顔だけが、脳裏に焼き付き、双魚を苛んだ。
 養父母に甘えられないのも、死んでしまったからと言って、実の親を差し置いて、他人であるこの二人に懐くことに抵抗があるからだ。
 あんなに可愛がってくれた両親と、祖父を裏切るような思いに駆られ、養父母に大切にされればされる程、罪悪感が募った。
 養父母は、ずっと懐かず他人行儀な双魚を見捨てることなく、文句のひとつも言わずに見守り続けてくれている。
 六車星夫婦に恩を返したい、と言う思いはある。
 苗屋との付き合いもあるから、無碍に断る訳にも行かない。
 長い沈黙の後、双魚は顔を上げ、苗屋の次女と会う約束をした。
 養父母は安堵の息を漏らし、明るい笑顔を見合わせた。

 家族と共に王都で過ごした十年と、養父母に守られて育ったこの十年。合わせて二十年。
 身体の成長は、ほぼ終わった。
 実母に似て、この先毎年、老いて行くのか。それとも実父に似て、長命人種なのか。
 双魚にはまだ、自分が何者なのかさえ、わからなかった。
 養父母は、この十年で確実に老いている。
 いずれ、双魚が見送ることになるだろう。
 双魚は、その日がなるべく先になる事を祈った。

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第02章.森の家
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