ときのいわふね 14.伝承(2016年07月17日UP)

 「庄野(しょうの)君に帰る意思があれば、次の満月にでも、すぐに」
 常盤(ときわ)の力強い宣言に、おばさんの顔がパッと明るくなった。
 (てる)は、常盤が何故そんなに確信を以て断言できるのか、不思議に思った。
 龍は何も言わない。
 影が眼鏡を外し、服の端で拭いている。
 常盤は、鞄からバインダーを一冊取り出した。開いて見せてくれたものは、古文書らしきもののコピーだった。
 彼女は、龍の影に肩を預けるように壁にもたれ、時折、(てる)の眼を見ながら、資料を拾い読みし始めた。険しい眼差しに批難が籠められている。
 「今日、半日、大学の図書館に籠って古墳のことを調べました。郷土資料室に実験棟増築工事や古墳の言い伝え、戦前まであった神社の本が、たくさんありましたよ。水上(みなかみ)さん」

 ……要するに、調べなかった俺が悪い……と。

 神社の名は、依渡浮根神社(いわふねじんじゃ)
 縁起(えんぎ)は、神代(かみよ)の昔から伝わる。「鴇之依渡浮根(ときのいわふね)」の護りとして建立……
 「鴇之依渡浮根(ときのいわふね)」は、紅葉(くれは)散る黄昏(たそがれ)の光に()言霊(ことだま)を運び、有明(ありあけ)の月に依り人を何処(いずこ)かへ……

 「龍、その辺に神社ってあるか?」
 〈ないよ。何にも。それって何時代の話?〉
 「時代については、単に由緒正しいアピールなだけの場合があるからなぁ……」
 「古墳の分析結果では、千五百年くらい前だったそうです」
 常盤の説明に、おばさんが息を呑んで壁を見詰める。
 説明の穴に気付いた(てる)は、静かな声で指摘した。
 「有明の月は朝方、南の空に見える月……満月じゃなくって、その後の二十日過ぎの月のことだよ」
 更に、常盤の調査結果を覆す言葉を連ねた。
 「それに、『ときのいわふね』は、西からの光しか入らないんだろう?」
 影が頷(うなず)く。
 常盤の顔から血の気が引いた。
 「あ、で、でででもっ、よく半日で、それだけ調べてくれたよ。俺なんか、どうしようって思うだけで、図書館で郷土史を当たってみるなんて、思いつきもしなかったのに……」
 (てる)は慌てて取り繕ったものの、問題はそれだけではなかった。

 仮に、月のある朝に時間を超えられるとしても、「今」に戻って来られるとは限らない。
 未来ではなく、もっと古い時代に飛ばされる可能性も、充分に考えられる。
 未来に進むことができたとしても、戦乱期など、危険な時代に飛ばされないとも限らない。
 量子テレポーテーションを人工的に起こすには、それなりの施設が必要だ。
 重力異常の地点同様、自然に何らかの条件が揃い、量子の捻じれが生じる場所があるのだろうか。
 龍が、ガラクタで創った自称「タイムマシン」で時を(さかのぼ)れたのは、鴇之依渡浮根(ときのいわふね)……光子(フォトン)(ひず)ませる「場所の力」のせいではないのか。

 ……ムラの人たちは、「ときのいわふね」は、「時の流れ」を下って行くものだって言ってたらしいから、少なくとも、未来には行けるんじゃないかな……? 今回は偶然、あっちの人に観測されたから、過去に行けただけで……

 龍の身体が再構成された場所が「ときのいわふね」の内部ではなく、ムラの中心だったことの説明は付けられない。ガラクタ素材のタイムマシンのせいか、その時行われていた儀式のせいなのか。

 「龍、ほんとに帰って来られるのねッ? いつ帰ってくるのッ?」
 「……下弦の……月の頃……だと思います……多分」
 常盤の声は、すっかり自信をなくしていた。
 (てる)には、龍が自分とほぼ同じ不安を抱いていることがわかった。それを、彼女らに言い出せないでいることも。
 夕日が水銀灯の光に変わり、その日の会話はそこで終わった。

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