ときのいわふね 10.月光(2016年07月17日UP)
「あの声、聞き覚えはあるんだよな」
龍は懸命に記憶の糸を手繰(たぐ)った。
〈常盤さん、もう行っちゃったぞ〉
「えっ? もう一回聞けば、思い出せそうな気がするんだけどなぁ……?」
……他学部で、同じゼミの、女子。
「どんなコだった?」
〈小柄で髪が長くて、大人しそうなコ〉
〈お前が今まで付き合ってたコたちとは、全然違うタイプだ〉
今日最後の光が伝えたのは恐らく、ボソボソと独り言のように口に出されたであろう言葉だった。
龍は山道を下りながら考えた。
一体、どう言う心境の変化で「常盤さん」に引き合わせたのか。
龍の記憶にない「他学部で同じゼミの女子学生」なら、
昨日、
〈……龍、お前、なんで誰にもなんにも言わずに、出てったのに、こうやって俺と話たがるんだ?〉
龍は答えに窮した。
何故、
幼馴染だから?
親友だからか?
戻る方法がわからない以上、
無事がわかり、少しは安心したかもしれないが、それが一体、何になるだろう。
もう二度とあの時代には帰れない。
誰にも行く先を告げることはできなかったが、せめて
知らせたところで、
この事象は、龍自身にも説明がつけられない。
事実を知って、それを誰にも告げられない苦しみを、
誰も知る人のない知らない場所、知らない時代に来て、心細かったからなのか。
〈全く、後先考えずにいきなり突飛なことして、みんながどれだけ心配してると思ってるんだッ?〉
そう言った
泣いていたのかもしれない。
両親はどう思っているのだろう。警察に届けたとは聞いたが、本当に心配しているかどうかはわからない。
兄二人はそれぞれ独立して、遠くに住んでいる。警察が動いたとすれば、兄たちにも連絡は行った筈だ。
……
いつの間にか、川の畔(ほとり)まで下りていた。
すっかり山道にも慣れ、ムラの暮らしにも馴染んだ。
きっとあの「ふね」は、ミナカミ様とお話なさる清いところなのだろう。
村人たちはそう噂し合い、龍が「ときのいわふね」に足を運ぶことに異を唱えなくなっていた。
……カミさまじゃなくて、幼馴染なんだけどな。
〈お前のこと、心配してくれてる人の一人だ。ホントに心当たりないのか?〉
……俺を心配してる人の一人……って誰なんだろう? 心配してる人の一人ってことは、他にも何人か心配してるってことなのか?
大学も、騒ぎに巻き込まれていい迷惑だろうな。ゼミの連中も一応、俺の知り合いってことで、警察に色々聞かれたりしてるだろうし……
龍は、川の半ばに突き出た平らな岩に腰を下ろした。
川風が頬を撫でる。冷たい風。
川面に目を落とすと、流れの中で月が揺れていた。上弦の月。月の光が、葦(アシ)の草叢(くさむら)を、闇の中に浮かび上がらせる。
川は銀色の光を振り撒きながら、忙(せわ)しく流れていた。
静かな宵闇の中に水音だけが流れ、時折吹き渡る風が葦をざわめかせる。それさえも、静けさを強調しているように感じられた。
……いつも気にしてなかっただけで、本当は色んな物音に囲まれて暮らしてたんだよな。物音って言うか、「騒音」に。
あの中に居る時は、うるさいくらいにしか思ってなかったけど、いざ聞こえなくなると、なんか……寂しいな……
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