ときのいわふね 04.ムラ(2016年07月17日UP)
祭壇と言っても、素朴なものだ。
集落の中心広場に土を盛り、その上に穀物を盛った土器と酒が入った土器が並べて置かれ、盛土の周りに藁縄を巡らせてあった。
長老と思しき老人が、稲の束を手に、じっと龍を見詰めていた。村人たちは、龍を呆然と見ている。
龍は、バラバラになったタイムマシンの残骸の中で、座り込んでいた。
誰も、一言も発さない。
祭壇の両側で、焚火の
白い貫頭衣を纏った若い女性が、長老に歩み寄った。長老はひとつ大きく息を吐くと、厳かに宣言した。
「このもの、ミナカミのつかいなり」
長老は、青い服から水を連想したらしい。
龍は、ブルージーンズに水色のカッターシャツと言う青ずくめの恰好だ。靴下とスニーカーは白だが、それはあまり問題にされていないらしい。
染色技術が未発達なのか、長老が赤い帯を締めているだけで、他は生成りの貫頭衣を身に着けている。
村人から、安堵と恐れの入り混じった溜息が漏れた。
長老の傍らの女性が何か言うと、村人たちは一斉に平伏した。
龍は、戸惑って何も言えない内にカミの使いにされ、丁重に扱われるようになった。
迫害されることを思えば、運がいいと言える。
龍は、ムラの様子を把握する為、山に登った。
やや不安はあったものの、一人で出掛ける。村人二人が案内を買って出て、有無を言わさずついて来た。恐らく、長老の命令で付けられた見張り兼護衛だろう。
何が居るかわからない山に一人で上る不安はなくなったが、安心してばかりもいられない。
カミの使いがムラの状況を知らないのは、不自然だ。登山の理由は明かさず、ムラが一望できる場所へ連れて行って欲しいとだけ、頼んだ。
龍はバス代を浮かす為に、駅から大学まで、徒歩で通学していた。
体力的に大丈夫だろうとタカを括っていたが、慣れない山道にあっという間に息が上がってしまった。「カミの使いがこれしきで音を上げてはいかん」と自分に言い聞かせ、黙って二人について行く。
二人は時折、振り返って龍の存在を確めた。龍を
……ワンゲル部に入ってればよかったかな。
汗を拭って振り返ると、ムラが小さく見えた。充分な高さだ。もういいと声を掛け、改めて裾野を見渡す。
この山は、北西から南東に走る山脈の一部を成していた。
山の西に広がる平野に細く長く川が流れ、その周囲に水田が開けている。川は北の山から南の平野へ下り、遙か彼方で輝く海に注いでいる。
蛇行する川に沿って、幾つかのムラも見えた。
龍たちのムラは、川の東にあった。
祭祀や集会をする広場の周りに、竪穴式の素朴な家が寄り集まっている。
……歴史、もうちょっと勉強してから来ればよかったなぁ。
縄文時代なんだか、何なんだか……でも、土器は弥生っぽかったかな? どうだろう?
最古の和歌集に竪穴式住居の歌があったような……?
和歌集があるような歴史時代……にしては、長老が仕切ってるし、年貢がどうのって話はしてなかったし……
ムラを見詰めて何やら真剣に考え込む龍の姿を、案内役の村人二人は不安げに見守っていた。
……この人たちに「今、何時代ですか」って聞いてもわかんないだろうしなぁ。
「どこですか?」って聞いても、俺の時代と地名が違ってたら、俺がわかんないし……
風が立ち、木の葉がざわめく。
少し下の木立の中に、ちょっとした空き地が開けているのが目に入った。
三人が居る細い山道からは、少し離れている。木の葉の隙間から、岩が見えた。広場は、岩の前に開けているようだ。
龍は、蛇に用心して枯枝を拾うと、木立に分け入った。
慌てて二人が後を追う。
木の根に足を取られないように気を付け、ひんやりと湿った木立の中を降りて行く。
特に問題なく、龍は広場の前に降り立った。
更に足を進めようとする龍の背中に、二人の怯えた声が降ってきた。
「ミナカミのお使いさま……」
振り向くと、二人は離れた所で立ち止まり、手招きしている。
怪訝に思って龍が尋ねると、二人は代わる代わる言葉を繋いで説明した。
この先には、「ときのいわふね」がある。
ふねには、誰のものでもない影が乗っていて、誰にもわからない話をしている。
長老の祖父の祖父の代よりもっと前からここにあって、「ときのながれ」を下って行く。
二人の話を総合してみたが、何のことやら、さっぱりわからなかった。
別に危険はなさそうだったので、龍は足を踏み出した。
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