ときのいわふね 05.石組(2016年07月17日UP)

 生い茂る枝を掻き分け、数歩進む。急に視界が開け、落ち葉が降り積もった小さな広場に出た。
 明るい木漏れ日の中にひっそりと「ときのいわふね」が佇んでいる。
 それは、いつ、誰が、何の意図で積み上げたのかわからない巨大な石組だった。
 三つの巨石が船形に組まれている。
 船尾にあたる部分は開いており、「ふね」の中に立ち入ることができた。船底にあたる巨石は、ほぼ二等辺三角形で、その斜辺を挟んでふたつの巨石が立てられている。
 落ち葉が厚く降り積もり、深い緑の苔が、柔らかなクッションのように船室を(くる)んでいた。
 その日は、案内の村人が怯えて何度も呼ぶので、龍はざっと見ただけで引き返した。

 村人は、「ふね」に影が住んでいる、と恐れて近付かない。
 庄野龍(しょうのりゅう)はその言葉に魅かれ、度々この石組に足を運ぶようになった。

 村人が恐れる通り、山中の「ふね」には時折、龍以外の人影が乗る。
 船尾は西に開き、黄昏時は船首付近に影を映す。斜めに差し込む夕日が、船尾に立つ龍の影を「ふね」に乗せた。
 一日の内、この時間帯にだけ「ふね」に日が射す。しばらく経つと確かに「ふね」には誰のものとも知れない影が、シミのように現れ、通り過ぎて行った。
 夕日に照らしだされた石の扉に、(あるじ)のない影たちが、次々と現れては消えてゆく。その形は、コートのような丈の長い服を着ているように見えた。小走りに過(よぎ)る影の肩で、長い髪が跳ね上がる。龍の影が一瞬、過ぎ行く影と重なった。

 〈レポート間に合わない〜! どうし……〉

 確かにそう聞こえた。
 聞き覚えのある声だ。同じ学部の女子。特に親しくしていた訳ではない。顔はわかるが、名前は出て来ない。
 翻(ひるがえ)ったのは、コートの裾ではなく、白衣だった。
 日が真西から差し込み、龍の影を船首に落とした。

 ……どういうことだ? 幻聴? 幻覚? いや、ムラの人たちも見聞きしてるから、恐れて誰も近づかないんじゃないか。
 一体、どうなってるんだ? これが、「誰にもわからない話」の正体なのか……
 わかる訳ないよな。実験のレポートなんて、この時代にはないんだから。

 不意に、龍の脳裡に(てる)の顔が(よぎ)った。

 ……(てる)の奴、どうしてるかな……まさか、あんなガラクタで成功するとは思ってなかったもんなぁ……
 あいつにだけでも、言ってから実行すればよかったな。
 親父とかは絶対心配してないだろうけど……(てる)はなぁ……

 龍が、昔の人の暮らしを教えて欲しい、などと漠然とした質問をした時も、色々心配してくれた。昔から心配性だったが、大学院生になった今も、それは全く変わっていない。

 待てよ、大学……に繋がってる……としたら……何とか連絡できないかな?
 あの時代の影が映って声が聞こえるんなら、こっちの声も伝わらないかな?
 ……そーいや、研究棟になんか、怪談じみた噂があったような……?

 既に宵闇に包まれた「ふね」の中で、龍は緑の壁に背中を預けた。

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