ときのいわふね 07.彼女(2016年07月17日UP)
「火のない所に煙は立たずって知ってる?」
項垂れた
ハッとして顔を上げる。枯葉色のセーターを着た女子大生が立っていた。
……いつの間に……?
足音に全く気付かなかった。
彼女は
「いつから、ここに居たんだ?」
「ずっと。ここで、夕方の幽霊と話してる人が居るって、みんなが噂してるの、知ってる?」
「みんな怖いから、どんなに実験したくても、居残りなんてしないのに、入れ違いにここに来て、ずっと一人で『何か』と話してるでしょ? 何と話してるの?」
彼女は一歩下がって質問を続ける。
「ねぇねぇ、
「関係……ないだろ」
彼女は名乗らず、他学部の
廊下に灯はなく、遠くの非常灯が二人の輪郭をぼんやり照らし出していた。
階段の明るさに安心したのか、彼女は再び口を開いた。
「関係なくないよ。だって、ゼミのみんな、庄野君のこと、心配してるもん」
窓から学食の自販機が見える。学食には、まだ大勢の学生が居て、自販機前で談笑していた。学食の北側では、丸太を並べただけのベンチで、演劇部がよく通る声で台詞合わせをしている。
踊り場の緑の非常灯の下には、「G棟2階/3階」の案内板があった。
「何か知ってるんでしょ? ねぇ、なんでもいいから教えてよ! 庄野君に何があったのッ?」
……みんなじゃなくて、このコだけが心配してるんじゃないか? 龍の野郎……ッ!
「説明したって、信じてもらえないと思うから……」
「やっぱり知ってるんじゃないッ! 何でもいいから教えて!」
「何でも……ねぇ……」
到底、人に物を尋ねる態度ではない。
……ウィル・オ・ウィスプってこんな感じなのかな?
「何でもいいから……」
彼女の泣き出しそうな声で、一瞬の逃避から現実に引き戻された。
知的な光を宿した瞳が、いっぱいに涙を溜めて
艶のあるセミロングの髪が、彼女の呼吸に合わせて小さく揺れる。
改めて見ると、彼女はとても魅力的だった。
「本当に何でもいい?」
彼女は黙って頷いた。
一言でも言葉を発すれば、涙が零れそうだ。
……龍が今まで付き合ってたコとは、全然違うタイプだ。このコの片思いなんだろうなぁ。
「じゃあ、明日の夕方、あの場所で説明するから」
彼女は、ひとつ大きく深呼吸して、声を出した。
「……明日?」
「都合が悪い?」
「どうして今すぐじゃないの?」
「実際に、試してもらう方がわかりやすいかと思うんだ」
06.噂話←前 次→
08.追憶
↑ページトップへ↑
【ときのいわふね】もくじへ