■地蔵盆 16.地蔵(2015年09月13日UP)
「それが、あのお地蔵さんや。子供らのお骨はここで供養しとぉ」
住職が、寺に伝わる話を語り終えた。
訥々と語り、決して中学生達を怖がらせるような言い方ではない。それでも、四人はしばらく、口も利けなかった。
川池がようやく、震える声で礼を述べる。
後の三人も呪縛を解かれ、口々に礼を言った。
住職は鷹揚に頷き、麦茶を勧め、続けた。
「何百年も前のこっちゃけど、まだ続いとんねや」
「えっ?」
「子供らは、自分らに酷い仕打ちした大人に仕返ししとんねや。昔は、口減らしで子供が消されることもあったんや。普通の親は、仕方なしにそないしただけで、供養もしとった。子供が憎い訳やないからな」
「理不尽に殺されて、供養するどころか、肥溜って……そりゃ、ムカつきますよね」
信吾が相槌を打つ。
「ずーと後にも、似たような目ぇに遭わされる子ぉが出る度に、そう言うことがあった」
時が経ち、惨事が村人の記憶から消えた頃。
地蔵盆の夕刻、地蔵の前で遊び戯れる子らに混じり、見知らぬ子らの遊ぶ姿が見られたと言う。赤子も年嵩の子に負われ、その背で笑う。
全部で七人。
どこの子か聞いても答えない。
何も知らない村の子らは、そう言うこともあろう、と夏の黄昏の許、共に遊ぶ。
楽しい遊びも間もなく終わる。村の子の一人が、明日からまた辛い、と零した。
地蔵盆明け、零した子の親が亡くなった。目を覆うような惨たらしい様だった。
古老の一人が、そう言えば……と、地蔵が建立された因果を語った。
その親は、子沢山だったが、一人の子を可愛がり、他は些細なことで折檻し、牛馬の如くこき使っていた。
誰もが、因果応報、お地蔵様の罰が当たったのだ、と噂しあった。
「お地蔵様が罰を当てるん違う。七人の子らが、まだ許せんと怒っとって、仕返ししよんねや」
七人子塚の地蔵に苦境を訴えれば、子供に害を成す大人から救ってくれる。
安らかな眠りではなく、果てしない報復の為に在る。
復讐に利用される七人は、それに縛られているのか。
それとも、七人が望んで、それを引受けているのか。
信吾は、美術部員達の話を思い出した。
七人の怒りと需要がある限り、復讐はなくならない。
信吾は毎年、夏休みも冬休みも、母方の実家に帰省する。
もう何年も、父方の実家には、顔を出していない。電話もしない。手紙も出さない。
小学一年生の冬休み、父方の実家に行った。
御用納の夜、母が階段から落ちた。信吾には何が起こったのか、わからなかった。
従兄弟達と一緒に早々と寝かされた。眠れる筈もなく、こっそり布団を抜けだし、病院から帰った大人の話に聞き耳を立てた。
居間で、父と祖父母が言い争っていた。
母が流産した。祖母が階段から突き落としたからだ。
おなかの子が女だとわかったから。女の子なんかいらない、と言うのが祖母の言い分だった。
幼い信吾には、全く理解できなかった。何故、妹が祖母に殺されたのか。
お祖母ちゃんは、なんで自分も女なのに、女の子が嫌いなんだろう……?
父は「二度と顔も見たくない」と言い、祖母は「次は男の子を産ませろ」と要求し、祖父は祖母を庇いながら二人を取りなそうと、よくわからないことを言っていた。
その後、他の親戚も、祖母を「人殺し」と詰り、次々と縁を切って、正月を待たずに出て行った。
住職が、少年達を七人の供養塔に案内した。
信吾は、静かな木陰に佇む苔むした石塔に手を合わせた。
今、住職の話で何となく、祖母が何を考えていたのか、わかった気がした。
祖母は古い時代の価値観に執着し、女の子を不要だと思いこんでいたのだ。
理由がわかったところで、父方の祖母を許せる筈がない。もう顔も忘れた。
祖母を許すことはできないが、信吾に復讐の意志はない。
既に親戚中から縁を切られ、この先に待つのは孤独死だ。
今更、何もせずとも、先程聞いた者達と同じ末路を辿る。
信吾は瞑目し、この世の光を見ることなく逝った妹と、復讐に駆り立てられる七人の安寧を静かに祈った。