■地蔵盆 07.伝承(2015年09月13日UP)
目が覚めた。
……救急車。
六時前だが、外は既に明るく、雀と熊蝉が鳴いている。
信吾は起き上り、窓を少し開けた。
サイレンが近付いてくる。
近所の人達が、長い坂道をぞろぞろ歩いていた。全員、坂の上を見ている。救急車が坂を下りて来た。坂の半ばで停車し、隊員が降りる。
信吾の家からでは遠すぎて、よく見えなかった。
ずっと見ていても仕方がないので、二度寝した。
まさか、また誰かの親が入院……ってコト、ないよな?
昨日の話を思い出し、うすら寒くなる。
ややあって、再びサイレンが鳴り、長く尾を引きながら遠ざかって行った。
今日のおやつは西瓜だ。
大家の志染さんが、小野さん自家製の西瓜をお裾分けに貰い、更にお裾分けで持ってきた。
「お持たせですが……」
「いえいえ、もらいもん、右から左で……」
母と志染さんが、お互いに頭を下げ合う。
キンキンに冷やして持って来てくれたが、大き過ぎてウチの冷蔵庫には入らない。切って食べて減らして、何とか押し込んだ。
志染の婆さんは、今朝の出来事を熱く語った。
木幡さんの旦那さんが、畑と畑の間の斜面を転がり落ちた。
高さはそうでもないが、農作業用の一輪車に色々満載していたので、それに追い打ちを掛けられた上、最終的に用水路に落ちた。
何とか自力で這い上がったが、足が折れて歩けない。
ケータイは家に置いてある。
必死に叫んだら、隣の畑で作業していた広野さんの若夫婦が、気付いて通報してくれた。
「それでやね、木幡さんの奥さんが言うには、足だけやのぉて、アバラも折れて、それが肺に刺さって、豪(えら)いことになっとぉらしいねやゎ。他にもちょっと潰れたとこがあって、よぉ生きて自力で這い上がったもんやゎ」
「火事場の底力……なんでしょうねぇ」
「ホンマにねぇ……」
母も目を丸くした。大惨事だ。
「あそこ、子供さんは高校生と双子の小学生が居るけど、女の子ばっかりやから、もうお婿さん貰らわななぁ……落ちた旦那さんはずっと『男の子ができるまで頑張る』言うてはったけど、もうアカンみたいやしねぇ……」
それは、夫婦の年齢的な限界なのか、潰れた箇所の問題なのか。
信吾は、後者のような気がして、震え上がった。
「木幡さんとこは、別にどっちゃでもえぇ言うてはったのに、これも祟りなんやろか?」
「さぁ……? お父さんがそんなになって、娘さん達も大変でしょうに……お地蔵様のせいですかしらねぇ?」
母が首を傾げた。
地蔵盆をどうするかの採決には、各家から祖母か母親、またはその両方が参加した。
場所を提供した小野家だけは、一家の大人が全員参加していた。
これまでに入院したのは、採決で「中止」票を入れた女性と、その家族だ。
祟りだとしたら、親父さんが、個人的にお地蔵さん、ディスったとか?
ん? いや、ヤバさが知れ渡ってるお地蔵さん、地元民がディスるか?
信吾はふと、種をほじくる箸を止め、考えた。
古くからの住人なら当然、知っているだろう。
工事中の事故も、開校以来、毎年七人もの保護者が「祟り」に遭っていることも。
この辺りは、ここ十年程で開発が進んだと聞いた。
畑がマンションやスーパーやコンビニになり、住人も増えた。
人が増えれば当然、交通量と事故も増えるだろう。
何故、毎年七人なのか。
人選の基準は何なのか。
地域的な偏りがあるなら、今年はどう見ても、この長い坂だ。ならば、見津家も含まれるのではないか。
考えがそこに到り、信吾は恐る恐る、大家の志染さんに質問した。
「あの、昨日、学校の子に聞いたんですけど、毎年、小学校と中学校の保護者が合計七人、入院レベルの大怪我とかするって……」
「ん? あぁ、毎年、誰かしら入院しとぉなぁ」
「その、過去に入院した人って、どなたか、わかったりしますか?」
「そんなの聞いてどうすんの。プライバシーとかあるんだから……」
母に窘められた。
志染の婆さんは、笑い飛ばした。
「町内会からお見舞い出したら、帳面に付けてあるし、組の保護者会でお見舞いしたら、PTAの帳面に残っとぉやろ。後で嫁に見てもらうゎ。坊やも、お母ちゃんに何ぞあったら、イヤやもんなぁ」
「あっ、いや、えっと……はい」
婆さんに見抜かれ、信吾は赤くなった。
「お地蔵さんとこはな、学校になる前は『七人子塚』言うとったんや。畑と畑の間に車一台分くらいの道が通っとって、その四つ辻にあったんや」
昔、供養する者のない子供七人を葬った塚があった、と伝えられている。
地蔵はその子らの為に建立されたと言う。
志染の婆さんが子供の頃には、既に塚はなく、地蔵堂も今と同様に古ぼけていた。
少なくとも、志染の婆さんの祖父母が子供の頃には、地蔵堂があったらしい。
婆さんの祖父母が幼い頃は、地蔵盆には亡くなった子らが七人遊びに来る、と言い伝えがあった。
それは恐ろしい話としてではなく、子供の無邪気なおとぎ話のようなものだった。
生者も死者も隔てなく、地蔵菩薩を祀り、子供が楽しむ祭だった。
「祟りに遭うんが七人言うんは、そっから来とんかいなぁ」
「えーっと、そこ、ひょっとして、まだ、お墓って言うか、ホ、骨……」
信吾は震える声で、やっとそれだけ言った。
※注 豪(えら)いことになっとぉらしいねやゎ。=大変なことになっているらしいんですよ。