■地蔵盆 13.住職(2015年09月13日UP)
本来ならば、地蔵盆の準備をする日。
待ち合わせ場所は、中学の正門前だ。
長身のサッカー部員・鵯越が、一番に来ていた。信吾は、家が一番近いのに一番乗りでなかったことが、少し恥ずかしくなった。
熊蝉の大合唱に負けないようにお互い、大声で挨拶する。
サッカーの国際大会の話で盛り上がっていると、川池と丸山もやって来た。
地蔵盆を取り仕切る寺は、バス道のずっと北にある。中学の正門前が、バス停の終点だ。ここから北は、自分で行くことになる。
四人でサッカーの話をしながら、畑の中に民家が点在する道を歩く。
道は、信吾が思っていたより、起伏があった。あっという間にバテて、ペースが落ちる。
「谷って、川のとこにあると思ってましたけど、ここも谷なんですね?」
「ん? あぁ、ずーっと昔、何万年も前に川やって、地面削れて谷ができて、あっちこっち凸凹やねん。川は今、一本しか残ってへんけど、谷地形は残っとんやて」
「理科で習たゎ。もうちょい西は、その谷も風化とかで削れて、平野になっとんやで」
丸山と鵯越が説明してくれた。
川池が気遣う。
「お寺さん、ちっさい山の中やねんけど、大丈夫か?」
「んー……多分」
三十分程で寺に着いた。
作務衣の寺男が、境内の掃除をしている。丸山が緊張した声で、用件を告げた。寺男は、愛想良く応対して奥に引っ込み、住職を連れて戻って来た。
老いた住職が、本堂に案内してくれた。
本堂に入ると、すっと汗が引いた。
「よぉ来たなぁ。今年はあっこの地区、休む言うとったから、心配しとったんや」
「何か、すんません」
丸山が謝る。後の三人も、それに倣って頭を下げた。
「あぁ、子供らは悪ない。そんな謝らんでえぇ。大人の都合やさかい。仕方ないゎ。他の地区は、若い坊主に任してあんねやけど。君らのとこはなぁ……」
軽い自己紹介の後、老僧は、粟生さんと同じ目をして語り始めた。
かつて、この地にあった出来事。
その家は、子宝に恵まれず、鬱々と日々を送った。
姑が業を煮やしたのか、嫁を「石女」と罵り始める。嫁を罵って子が授かるなら、誰も苦労はしない。姑は、跡継ぎが産まれぬことを嫁のせいにし、日々の鬱憤を晴らした。
夫は、己の母が嫁をいびる姿をただ、見ていた。
舅も、己の妻の嫁いびりをただ座して見ていた。
ある日、嫁は近所の者から、子宝が授かる温泉がある、と教えられた。
嫁は、子が授かれば、いびられなくなるだろう、と夫にその話をした。
夫は、何故、お前なんぞの為に遠くへ旅をせねばならん、と行きたがらなかった。
姑は、畑仕事を怠けたくてそんなことを言うのだ、と嫁を責めた。
舅は、何も言わなかった。
しばらくして、別の者が姑に同じ話をしたところ、姑は若夫婦を温泉へ行かせた。
果たして、十月十日経ち、双子の女の子が授かった。
嫁は、これでいびられなくなる、一度に二人も授かったのだから、きっと褒められるだろう、と大いに喜んだ。
姑は、双子なんぞ産みおって、この畜生腹が、と嫁を罵り、女では跡継ぎにならん。要らんもんばっかり産みおってからに。この女腹が、と嫁を責めた。
「あの、すみません。質問、いいですか?」
「ん? 何や?」
「ウマズメとチクショーバラとオンナバラって何ですか?」
住職は、話の腰を折られたことに気を悪くする風もなく、答えた。
「昔の人は、そんな悪口を言いよったんや。石女は、子供が産まれん女の人。畜生……犬やら猫やらは、一遍によぉけ子ぉを産むやろ。それで、犬猫と一緒や言うて、馬鹿にしたんや」
「なんですか、その謎理論……?」
「犬猫は、一遍に五、六匹産むんやで。牛とかは一頭ずつやし。畜生の種類、何なん?」
「二人くらいで、畜生呼ばわりて。数、全然足りてへん」
「人間、割と双子、居るやんなぁ。アホちゃうか」
男子中学生は、半笑いで昔の人の無知にツッコミを入れた。
住職が、昔の人をバッサリ斬り捨てた丸山に頷き返し、言い添える。
「一遍に何人産まれても、それで人の良し悪しが決まるもんやない。それをとやかく言うて、いびる者が悪い。人として下の下の行いや。よぉ覚えとき」
四人の少年は、神妙に頷いた。
「女腹は、女の子ばっかり産まれる女の人を馬鹿にした言い方や。昔はそう言う男女差別があったんや」
「女の子を跡継ぎにせぇへんのは、大人の勝手やん」
「お婿さんを迎える発想は、なかったんですか? 大昔は女帝も居ましたよね?」
「思いつかんかったんか、嫁いびりの口実やったんか、そこまでは伝わってへんなぁ」
住職は、少年達のツッコミや質問に笑顔を返した。
「子供の性別て、Y染色体のDNAで決まるから、旦那さんが男の子か女の子か決める側やん」
丸山が、すらすら難しい話をした。
「そうや。マー坊、難しことよぉ知っとぉなぁ。別に女の人が念力で、おなかの中の子ぉを男か女か決めとぉ訳やない。遺伝や。せやけど、昔の人は何も知らんから、気に入らんことがあったら、何でも嫁さんのせいにしよったんや」
住職は、遠い目をして麦茶を一口すすり、言った。