■地蔵盆 14.肥溜(2015年09月13日UP)
「学がないと、そう言うことをしがちなんや。君らも、よぉけ勉強して、そんなアホなことで、人ぉいじめるような大人にならんように、気ぃ付けるんやで」
少年達は、黙って頷いた。
「学がのぉても目ぇが明るい人は、物の道理をちゃんと見抜けるんや。そう言う人は、いじめのような、しょうもないことはせぇへん。何かに執着して、目ぇが冥なっとぉ者が、悪いことすんねん。覚えときや」
住職は、昔語りを続けた。
家の者は、要らぬ子だから、と子の世話をしなかった。
嫁は、畑仕事も掃除炊事洗濯も、全て、従前通りにさせられた。その間、赤子が泣けば、煩いと責められ、赤子の世話をしていれば、家のことを怠けていると罵られた。
嫁も赤子も、日に日に弱る。
近所の者は心配し、意見したが、姑は、あれは怠け者だから、そんな風にしているのだ、と取り合わなかった。
舅も夫も、赤子が泣いても座して見ているだけで、畑仕事以外、何もしない。夫は我が子を一度も抱かず、舅は孫娘に触れもしなかった。
ある夜、夜泣きが煩い、と嫁と双子の赤子は外へ出された。
嫁は一人を抱き、一人を背負い、とぼとぼと、畑の中の夜道を歩いた。
家から遠く離れた畑の道に、四つ辻がある。
大きな松の木があり、その後ろ、畑の隅に肥溜があった。
翌朝。
姑が、孫が二人とも居なくなった、と庄屋に駆け込んだ。
あんなに疎んでいたのに、居なくなって初めてその可愛さに気付いたか、と庄屋は後に書き残している。
姑は、嫁が赤子の世話が面倒になって捨てたに相違ない、この怠け者を懲らしめて欲しい、と庄屋の前でも嫁を責めた。
庄屋が嫁に問うたところ、嫁は、知らぬ存ぜぬ、自分は石女だ、赤子なんぞ産んでおらぬ、子が欲しい、早く子を産みたい、と答えた。
嫁は、気が狂れていた。離縁されて実家へ帰され、この件は有耶無耶になった。
別に家に、三人の兄弟があった。
長男はボンクラ、年の離れた次男は、まだ五つだったが利発な子で、三男はまだ赤子だった。
祖父と父は、跡継ぎの長男より利発な次男を疎んだ。いつか長男の家督を脅かすに違いない、生意気な子だ、調子に乗らせてはいかん、と幼い次男を些細なことで折檻していた。
ついに、次男は実の父と祖父の折檻で命を落とした。
祖母と母に見つかる前に、死骸をこっそり遠くへやった。
飯時になっても戻らぬ次男を、祖母と母が案じ、探しに出たが、見つからなかった。
祖父と父は何食わぬ顔で、次男坊は一人で川へ遊びに行った、帰らぬのは、流されたからだろう、と話した。
また別の家は、怪我が元で歩けなくなった子が、いつの間にか消えていた。
家人は、傷が元で亡くなったと語った。
村の者が葬式の話を出すと、あんな穀潰し、逝んでせいせいした。葬式なんぞいらん、と突っぱねた。
「せや、君ら、肥溜て、どんなもんか知っとぉか?」
「うんことしっこ溜めて肥料にする穴やろ、知ってんで」
丸山が即答した。
住職が重ねて問う。
「どなして肥料にするか、知っとぉか?」
それには、誰も答えられなかった。
「屎尿を地面に埋めた大きい壺に溜めて、自然発酵さすんや。何もせんと待つだけ。ちゃんと熟れてへん奴を撒いたら、作物枯れてまうねんで。せやから、壺を何個も用意して、時期ずらして溜めて、熟れた奴から順繰りに使うんや」
住職はそれだけ言うと、唐突に昔語りを再開した。
少し離れた別の家は、お産で嫁が亡くなった。
その頃、村には幼子二人を連れ、出戻った女が居た。夫が博打で身を持ち崩し、離縁してきた。
まだ乳が出るとは丁度良い、と後添いに迎え、互いに子連れで夫婦になった。
一遍に家族が増え、賑やかになった。
女房は、自分が腹を痛めていない他人の子にも、分け隔てなく、乳を含ませた。
最初はよかったが、後がよくなかった。
ある日、夫は、後添いの連れ子が居なければ、我が子にもっと乳をやれると考えた。
そもそも、夫にとっては、見ず知らずの博徒の子。あの子二人を家に置いては、後の禍になるやも知れぬ、と夫の両親も賛成した。
まず三人は、まだ口の利けぬ上の子を、可愛がるフリで密かにいびった。母は赤子二人の世話に追われていた。