■地蔵盆 06.怪談(2015年09月13日UP)

 「あー……でも、お地蔵さん絡みで何かあるん、やっぱり、学校の工事から続いとぉ祟りなんかもな」
 ひとしきり笑い、落ち着いた川池が話を戻した。
 「工事の人は、お地蔵さんを他んとこに移そうとしたからやろ?」
 「お地蔵さんて、子供守ってくれる仏さんやし、学校居る方がえぇ思たから、抵抗しはっただけ違うん?」
 「ほんなら、地蔵盆止めて、ついでにお地蔵さんもどっかやってまう話、出とったんか?」
 話を振られ、信吾は首を横に振った。
 「いえ、俺は何も聞いてないですよ」
 「工事の人もな、親戚のおばちゃんが言うとったんやけど、実際、動かす作業しとった人らには、何もなかったらしいな」
 長身の部員が言うと、団子鼻の部員が頷いた。
 「俺も七不思議の奴で、先輩に聞いたゎ」
 たった十年で、もう七不思議ができているのか、と信吾は驚いた。
 団子鼻は聞かれもしないのに、転校生の見津信吾に語り始めた。

 まず、工事中。事故の負傷者が七人。
 怪我をした七人は、全員が子供のいる作業員だった。
 当初、その内の三人が、地蔵の移設作業を担当していた。
 一人目は、小型の重機に轢かれ、足の甲を圧迫骨折。
 二人目は、突然、旋回した重機のアームに跳ねられ、肋骨を骨折。
 三人目は、斜面から転落し、腕を骨折。
 「斜面?」
 「今は地面削って平らにしてあるけど、前はちょっと谷っぽかってん。小野さんとこが底で、あっち側の……見津君の家があるんと同じようなダラダラした坂が、学校の方にもあってん。坂の横は全部畑で、畑と畑の間はちょっと急な土手で……全体がでかい階段みたいになっとってん」
 信吾の疑問に、川池が身振りで地形を示しながら答えた。

 団子鼻が話を再開する。
 負傷者の代わりに、別の者が作業に入った。
 偶然か意図的か、今となっては不明だが、次の担当者達は全員、独身だった。
 彼らは、無事に地蔵堂を寺院に移設できた。
 寺院での作業中、学校の工事現場では、土砂を満載したダンプが横転事故を起こしていた。
 幸い、死者は出なかったものの、運転手が骨折、三人が一時、生き埋めとなった。
 一日に七人もの作業員が負傷する事故があったことを受け、消防と警察の検証、労働基準監督署の調査と行政指導が入り、工事はしばらく中断した。
 「兄ちゃんが、テレビの取材来た言うとったゎ」
 川池が少し得意げに言った。
 負傷者は全員、子供の居る既婚者で、テレビのワイドショーや週刊誌で「地蔵の祟り!?」などと騒がれた。
 市とJVが協議し、校舎の完成後、地蔵堂を元の位置に戻すことに決まった。
 JVは、安全祈願を再度行い、工事を続行。その後は特に何事もなく、小学校と中学校は完成した。
 小学校と中学校では開校以来、毎年七人ずつ、児童・生徒の保護者が、入院する程の重傷を負う。

 「えっ?」
 「小学校と中学校、足して七人や」
 信吾の驚きをどう解釈したのか、川池が説明した。
 「不思議が七個あるん違うねん。七人が怪我する不思議やねん」
 「そない言うたら、今年はまだやったな」
 「今年は全部、小学校の子ぉの親とジジイやな」
 信吾は、近所の家族構成を把握していない。
 ここは、政令指定都市の西端だ。
 開発が進みつつあるが、まだ、田園風景の残る地域。近所付き合いが濃密なのだろう。
 それにも関わらず、地蔵盆中止の理由が、サッカー部員達の耳に入らないのは、何か理由があったのだろうか。
 信吾は、彼らに話してしまってよかったのか、と不安になったが、母には、特に口止めされた様子がなかった。
 「人死にが出た年もあってんけどな、今年はまだ、命までは取られてへんから、マシや」
 長身の部員が、しみじみと言った。

 「それって……ホントに祟りなんですか?」
 「さぁなぁ?」
 「そない思たらそうやし、違う思たら違う」
 「オトンが言うとったけど、重機の傍て、ホンマは立入り禁止やねんて。せやのに傍へ寄ったから、轢かれたし、アームにぶつかったんや。斜面の奴は鈍臭いし、ダンプこけたんは、ホンマは下に鉄板敷いて、通り道、ちゃんとせなあかんかったのに、せんかったから。学校作った会社が役所に怒られたん、新聞にも載ったらしいで」
 団子鼻が淡々と解説する。
 「お地蔵さんて、子供守ってくれる仏さんやのに、親が入院したり死んだりしたら、子供困んのにな」
 「子供に直接祟るんは、止めてくれてはんねやろ。親はなくとも子は育つ、とか言うし」
 「もしかしたら、死なんと済んだんが、お地蔵さんの御加護かも知れんで?」

 信吾も興味がわいてきた。
 「毎年、七人なんですか? 十年間ずっと祟りが続いてるってコトですよね? 祟りの原因ってわかりますか?」
 「多分、毎年や。『何年何組の誰それの親が入院した』言うんは、ワーっと話広まって、『今年はこれで何人目やな』とかなって、大体みんな、知っとぉからなぁ。親とか爺婆に聞いたら、ちゃんとわかるん違うか?」
 川池の説明に、長身と団子鼻も、うんうんと頷く。
 「小三の時、四組の奴のお父さん、亡くなっとったゎ」
 「畑しとって蝮に咬まれて、救急車呼ぶより自分で行った方が早い思たんやろなぁ。軽トラで行きよって、カーブでこけて……まぁ、うん」
 長身に話を振られ、団子鼻が詳細を語った。 
 「祟りの原因は、多分、学校ができたんが、イヤなん違うかな?」
 「でも、工事でお寺に移動させられるのは、イヤだったんじゃないんですか?」
 作業員の事故と矛盾する。
 「ん? そない言われたらそうやな」
 「まぁ、グラウンドやし、ボールが当たったりして、ムカつくん違うか?」

 ……仏の顔も三度までって言うけど、その位で死ぬ程祟ったりとか、すんのかな?

 信吾と同じ疑問を抱いたのか、川池が提案した。
 「今年は地蔵盆ないけど、部活は休みやねん。二十三日、ちょっとお寺さん行って聞いてみよか? 見津君も行く?」
 「うん」
 信吾達は改めて自己紹介し、連絡先を交換して別れた。


※注 JV=joint venture=共同企業体。
 複数の建設業者が、ひとつの建設工事を受注、施工することを目的に形成する事業組織体。

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