■地蔵盆 04.災厄(2015年09月13日UP)

 翌朝。
 早速、小中学校の正門と裏門に、地蔵盆中止のお知らせが貼り出された。
 部活で登校した中学生は、がっかりする者も居たが、大半はどうでもよさそうだった。
 二階の窓から、遠目にもはっきり、川池が、がっかりしているのが見えた。
 信吾は割とどうでもよかった。

 お盆休み、見津一家は母方の田舎に帰省した。
 大家の志染さんに帰省土産を持って行くと、まぁ上がって、と客間に通された。
 仏間から線香の香りが漂ってくる。
 「見津さんが居らん間、大変やってんで……」
 大家の老婆が、母と荷物持ち信吾の前に、麦茶を置く。皺だらけの手は震えていた。

 長い坂に沿って、十軒の家が、畑の間に点在している。
 志染さんと店子の市場さん、突き当りの小野さんは地蔵盆実行、三軒は中立、四軒が中止の意向を示していた。見津家は、立会人なので投票していない。

 最初は、坂の一番上、溜め池に最も近い木津さんだった。
 「何がです?」
 「まぁ、順番に言うから、待ち」
 木津さんの奥さんが、脚立から落ち、入院した。
 家人の話では、背骨と腰の骨を折り、もう自分の足では歩けないだろう、とのことだった。

 お盆休み二日目。
 木津家の隣の三木さんの若奥さんが、畑の草刈りをしていたところ、誤って鎌を自分の手に当ててしまった。
 傷自体は大きくなかったが、その夜から発熱。翌日になっても高熱が続き、夕方になっても下がらず、意識も混濁してきた。
 三木家のお婆さんは、「藍那の奴が、嫁の分際で、このクソ忙しい時期に寝込んでからに。迷惑な」と愚痴を零した。
 それを聞いた小野家のお婆さんが強く勧め、休日診療所に連れて行かせたところ、即入院となった。
 「あら、大変。お二人も!」
 母が驚くと、志染の婆さんは首を横に振った。
 「いいや。もっとや」

 お盆休み三日目。
 一軒飛んで、広野の婆さんも不幸に見舞われた。スーパーの帰り、中学前のバス停で車に跳ねられた。
 命に別条はないが、利き腕を骨折。義歯なしの八〇二〇が自慢だったが、前歯が全て折れてしまった。
 悪いことに、運転していた若者は、保険を切らしていた。車は友人の親に借りていた。誰が治療費を払うか、モメていると言う。

 そして今朝。
 志染さんの向かいの押部谷の爺さんが車で出掛けたところ、ハンドル操作を誤り、坂の上の溜め池に転落した。
 近所の人らに救助され、一命を取り留めたが、肺に水が入っていた為、入院した。
 「まぁ……じゃあ、四人も……」
 「いいや。押部谷さんは、夫婦と長男のヨメの三人で行きよったから、他の人らと合わして六人や。ほんでもまぁ、まだ皆、命助かっとぉから、よかったゎ」
 志染さんが、眉根を寄せる母に言った。その声は、自分に言い聞かせるようでもあった。
 「多数決で、今年はせぇへんて決まったけど、どの途こんなんなってもたら、でけへんなぁ」
 「そうですねぇ。粟生さんも入院してらっしゃいますし」
 「せやねぇ。粟生さん入れて七人やもんねぇ。葉多さんが、お地蔵さんの祟り違うか言うて、怖がってもとぉし……」
 「祟り……ですか?」
 「粟生さんの他は皆、地蔵盆止める言うた人らばっかりやから、お地蔵さん怒ってはるん違うか、言うてねぇ」

 坂の上、溜め池に近い家から、じわじわと不幸に見舞われている。
 信吾は、二人の話で気付いた。だんだん、見津家に近付いている。

 お地蔵さんから、距離も気持ちも離れてんのと、関係あるような、ないような……

 「それで、祟り……でも、入院しちゃったら、お祀りできませんし、お地蔵さんがそんなこと、なさいますかしらねぇ」
 「そない言われたらせやねぇ。ほんなら、タダの偶然やろねぇ」
 志染さんの顔が安堵で明るくなった。

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