■地蔵盆 12.復帰(2015年09月13日UP)
信吾は、当初の予定を変更して、カップのチョコミントアイスを買って帰った。
玄関に見慣れない履物がある。
リビングに顔を出すと、地蔵講の粟生さんが来ていた。
「あ、こんにちは。治ったんですね。よかったです」
「こんにちは。心配掛けてすまんねぇ。そんな大したことあらへんかってん」
少しやつれた老婆は、照れくさそうに笑って、入院の経緯を語った。
昼過ぎ、スーパーへ行こうと、横断歩道を渡っていた。
角を曲がって来たスクーターと接触し、転倒。スクーターは逃走。
何故か、倒れたまま、起き上れない。
誰が通報してくれたのか、救急車で病院へ運ばれた。
怪我は、軽い打撲だけで済んだ。
動けなくなっていたのは、熱中症が原因だった。
「喉乾く前に水飲んどけて、センセに怒られましたゎ」
粟生さんは、お見舞いのお返しとして、石鹸を持参していた。
母が石鹸をテーブルの脇に置き、粟生さんのグラスに麦茶を継ぎ足した。
「事故に遭わんと、畑かどっか、人目につかんとこでコケとったら、そんまま逝んでまうとこやったゎ。普通は一日二日、点滴繋がれとったら治るらしいねやけど、ちょっと腎臓弱ってもとったから、長なってもてん。心配さしてごめんねぇ」
「いえいえ、お怪我が酷くなくて、よかったです」
母の笑顔につられて、粟生さんも笑った。
お地蔵さんの祟りではないか、とも噂されていたが、これは逆に、御加護なのかも知れない。
この地区で大人が入院すると、まず第一に「祟り」を疑われてしまう。
信吾は、きちんとした親や大人まで、そんな目で見られてしまうことが、気の毒に思えた。
……粟生さんは、ノーカウントだよな。
脚立、鎌、交通事故、池落ち三人、用水路落ち……で合計七人。
美術部の言う通りなら、今年の分はこれで終了……ってことか?
七人までってことは、残り四カ月は何やっても罰当たんないってコト?
それとも、来年、すぐに発動?
考えれば考える程、謎が増える。
「今年は、地蔵盆、中止になってもてんなぁ」
「えぇ……すみません」
母が頭を下げると、粟生さんは両手を振った。
「なんで見津さんが謝んのんな。あんたのせい違うで。みんな、ホンマはもうこんな面倒臭いこと、やりとなかってんなぁ」
粟生さんは、小さく溜め息を吐き、肩を落とした。
「子供は、楽しみにしてますよ」
「せやろか?」
信吾の言葉に、粟生さんは複雑な顔をした。
「まぁ、私が生きとぉ間は続けるつもりやけど、大人はみんな忙しいさかいなぁ……今年は中止て決まってもたし……」
「来年からは、子供……っていうか、中高生がもっと手伝うようにすればいいと思いますよ。やりたい子は、それだけ頑張ってくれると思います」
差し出がましいと思いつつ、川池達の顔を思い出し、思い切って提案してみた。
粟生さんは、皺くちゃの顔を更に皺だらけにして、考え込んだ。
母から無言の圧力を感じ、信吾は言い添えた。
「中学の子が何人も、中止になったの、がっかりして、すごく気にしてたんです。だから、あの子達に言えば、どんどん手伝ってくれるんじゃないかなって……」
「……さよか。まだまだ、頼りにされとんやねぇ」
答えた粟生さんの顔は、何故か暗かった。
粟生さんが帰った後で、信吾は、粟生さんの悲しそうな目が気になった。
地蔵盆を楽しみにして、お地蔵様を頼りにする子が居るのは、そんなに悪いこととは思えない。
建立の経緯は悲しい出来事のようだが、ずっと昔の話だ。
図書委員も、昔のことを聞きに行くのは、別に構わないと言っていた。
もう終わった話だからだろう。
そんなことを考えていると、なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠っていた。
気が付くと、朝だった。