■地蔵盆 05.部員(2015年09月13日UP)

 信吾は、コンビニにアイスを買いに行った。
 家を出て、長い坂を登れば、今朝、転落事故があったばかりの溜め池の前を通らなければならない。
 裏門から正門へ、中学の敷地を抜ければ近道だが、数日前の事故現場を通る。
 溜め息を吐き、近道を通ることにした。

 川池他二名が、グラウンドの隅の木陰で休憩している。目が合ったので会釈すると、こちらに来た。
 「よっ。見津君。どこ行くん?」
 川池が、にこやかに話し掛ける。
 「そこのコンビニにアイス買いに行くんです」
 「そしたら、別に急ぎやないな。ちょっと話えぇ?」
 川池が、急に真面目な声になった。
 信吾は何事かと身構える。
 「話って何ですか?」
 「地蔵盆、中止なったやん。あれ、何でか知らん?」
 「貼り紙、理由も何も書いてへんやん」
 「俺ら、小学校の向こう側やからか知らんけど、話流れて来ぇへんねや」
 サッカー部の三人が、口々に言った。

 信吾は、そんなことか、と内心ホッとして日陰に入った。
 川池以外は他クラスで、名前もわからない。
 「一応、聞きました。母さんからの又聞きなんで、ちょっと間違ってるかも知れませんけど……」
 そう前置きし、粟生さんの轢逃げ事件、多数決、今日聞いたばかりの連続事故について語った。
 三人は時々相槌を打つ程度で、余計な口を挟まず、神妙に聞いている。

 信吾の話が終わると、三人は首を傾げ、顔を見合わせた。
 「祖母ちゃんに聞いたことあるんやけど、戦争中は地蔵盆、休みやったらしいで? そん時は、別に何もなかったん違うか?」
 「何かあったら、そない言うやろし」
 「まぁ、何かあっても、戦争か祟りか、わからんかったんかも知れんけど」
 「この辺、店とか学校とかできたん、つい最近やで。十年前まで田んぼと畑ばっかりやってんで? そんな何もないとこで、空襲とかなかったやろし、何かあったらわかるやろ」
 サッカー部員は、自分達の話に没頭している。

 信吾が、もういいかと思い、小さく手を振ってコンビニへ行こうとすると、呼び止められた。
 「あー、待って待って。他、何か聞いてへん?」
 「うーん……祟りって言ってるの、一部の人だけで、ウチの母さんと大家さんは、タダの偶然だって言ってますよ。脚立から落ちたのも、鎌で切ったのも、交通事故二件も全部、原因は本人の不注意っぽいですし」
 信吾の冷静な意見に、三人は成程と頷いた。

 「せやな。爺さんの池ポチャは、どうせブレーキとアクセル間違うたとかやろ。免許返さなあかんレベルでボケてそうやしなぁ」
 「ウチの妹が、池ポチャ爺の孫と同じクラスやねんけど、しょっちゅうワケわからんことで、どつかれとぉらしいで。名前忘れて『オイ』とか呼んで、その子が来ぉへんかったら、どついたり、物の名前忘れて『アレよこせ』言うて、その子が『アレて何?』て聞いたら、『アレもわからんのか! アレ言うたらアレやろが!』て、どついたり……」
 川池が言うと、背の高いサッカー部員が、妹から聞いたエピソードを語った。
 妹、と聞いて、信吾の胸がチクリと痛んだ。

 「俺の弟も前、同じクラスなったことあったけど、あの名前は覚えられんで。『鈴蘭』て書いて『みゅげ』て、全くかすりもせんもん」
 団子鼻のサッカー部員が、半笑いで言った。
 「覚えられんでも普通、どつかんし『スズちゃん』とかテキトーに呼んだらえぇやんか」
 「あ、その『スズちゃん』は地雷らしい。その子のオカンがマジ切れすんねんて」
 川池が批難混じりに言うと、妹が居る部員は、指で角の形を作り、鬼の真似をした。
 「うわー……」
 「DQNネーム付ける親言うんは、ホンマ、アレやねんな」
 「アレて何?」
 「アホ」
 「そこは誤魔化しといたれや」
 突然のトリオ漫才に、信吾は思わず噴き出した。
 「普通に突っ込んだだけやん。転校性、笑いの沸点低いな」
 「えっ? 漫才じゃなかったんですか?」
 「何でやねん」
 川池が、漫才の手振りで信吾にツッコミを入れた。

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