■地蔵盆 15.報復(2015年09月13日UP)
ある日、上の子が病を得た。
姑が病児の世話を引き受け、母は安心して我が子を任せた。
母は布団で横になり、赤子二人に乳を飲ませる内に、日頃の疲れから、うとうとした。
三人は、母が眠ったと思ったのか、もうすぐ上の子は逝ぬ、巧く行った、と笑った。
母はそれに驚いたが、寝たフリで三人の企みに聞き耳を立てた。
夜更け、母は夫の子を連れ、外へ出た。
行き先は、松のある四つ辻。
あんな者共の血を引く子を育てる訳には行かぬ、ゆくゆくは、あれと同じ鬼になるだろう、と赤子を沈めた。
朝になれば、すぐに知れる。
嫁はこの男とも離縁し、実家で我が子を育てようと、赤子と病児を連れ、夜が明けぬうちに出て行った。
夫と舅姑は、離縁を認めなかった。
嫁の実家へ押し掛け、ウチの子をどこへやった、と叫び、こんなガキが居るからだ、と病児と赤子を掴み、道へ走り出た。
「えーっと、ひょっとして、肥溜ドボン?」
鵯越が、先回りする。
住職は眉間に皺を寄せた。
「……せや。なんでみんな、そこへ子供を捨てるんか知らんけど、まぁ、その肥溜や」
追い掛けて来た嫁と嫁の家族は、子らを見つけられなかった。
今度は、嫁と嫁の両親が、夫の家へ毎日押し掛け、子らをどこへやったと叫び続けた。
ある日、畑の持ち主が、松の下の肥溜を肥柄杓で掬ったところ、小さな骨がひとつ出た。
肥を全て出したところ、幾柱もの小さな骨が後から後から、出てきた。
七つのしゃれこうべに、行方の知れぬ子らを数え、村人達は納得した。
骨は寺で引き取り、肥溜は埋めて塚を作り、七人の菩提を弔った。
事はそれで終わったかと思ったが、そうではなかった。
嫁をいびって狂気に追いやり、双子を死なせた家は、後添いが来なかった。
姑が、畑仕事をしていると石が跳ね、口に当たった。小さな傷ができたが気にせず帰った。
傷が膿み腐り、二日目には鼻が腐れ落ち、三日目、生きながらに腐って死んだ。
村人は、嫁を石女、女腹と罵ったから、口が腐って死んだ、と噂し、誰一人として、葬式の手伝いをしなかった。
息子は、母の葬儀を父と二人で出した。
次の日。
息子が、屋根の雨漏りを修繕していて落ちた。
村の誰もがただ、見ているだけで、助けようと言う者はなかった。程なく死に、老父が一人で墓へ行き、息子を埋めた。
寡となった老父は、やがて足腰が弱り、寝たきりとなった。
誰も世話を買って出る者はなく、そのままひっそり息絶えた。
老父の死骸が腐り、臭いが強いので、村の一人が火を点け、家ごと燃やした。
利発な次男を折檻し、複雑な地形に隠れて遺体を捨てた家は、長雨の夜半、家の裏にある崖が崩れ、丸ごと埋まった。
土砂が多く、岩もあり、掘り返すこともできず、そこがそのまま墓地となった。
歩けぬ子を消した家は、行商から買ったきのこの毒に中った。
手足に火箸を押しつけられたような痛みに苛まれる。
眠られぬ程の激しい痛みだが、手足を水に浸け、冷やしている間は幾分か和らいだ。一日中、盥に張った水に浸かって過ごした。
野良仕事はおろか、眠れず、飯も喉を通らず、日に日に弱り、子供と女房が次々に世を去った。
苦痛が酷く、家人は葬式どころではなかった。
村の誰もが、看病や葬式の手伝いを申し出なかった。
残った者も、ふやけた手足に傷が付き、そこから腐って死んだ。
互いの連れ子を殺し合った家は、終には互いに殺し合って絶えた。
村八分の残り二分の付き合いは、火事の火消しと葬式だ。子を肥溜に沈めた家々は、それすら拒まれた。
村人は、改めて子供らを弔う為、塚に地蔵を建てて祀った。