■地蔵盆 03.昔話(2015年09月13日UP)

 翌日、信吾はスーパーでの荷物持ちに駆り出された。
 母は昨日買えなかった分も、今日の会合までに買い込むつもりらしい。買物カゴ二個分の食糧と日用品を持ち、レジに並ぶ。
 レジ前の催事コーナーは「地蔵盆のご用意」だった。
 蓮の花型の落雁やまんじゅう、高坏、子供用の念珠、線香といった、所謂「お盆用品」の他に、紙皿や紙コップ、割り箸、色紙、駄菓子の詰め合わせ、花火セットも並んでいる。パッケージには、キャラクター化した地蔵尊や、卍が描かれた提灯、菊の花などがプリントされている。
 ……中止になったら、お店の人も困るよな。
 会計が済み、母と手分けしてエコバッグに詰めながら、ぼんやり考えた。

 空がすっかり暗くなり、会合から帰った母の顔も、暗かった。
 「悪いけど、そうめんだけで我慢してくれる?」
 「俺が茹でるよ。母さん、休んでて」
 「えっ、そう? じゃ、頼むわ。ありがとね」
 信吾は湯が沸くのを待つ間、トマトとレタス、ハムで簡単なサラダを作った。父の分にラップを掛けていると、丁度帰って来た。
 父が、冷奴に葱を散らす信吾を褒める。
 「へぇー。晩飯、みんな信吾が作ったのか。偉くなったなぁ」
 「母さん、へとへとだから」
 「ごめんねぇ」
 「いいよ。大変だったっぽいし」
 昼、二時頃に始まり、今は夜の八時過ぎだ。
 「何だ、結局モメたのか?」
 「それがねぇ……」
 町内会には、長い坂沿いの十軒と、小野家の面々が出席した。

 会合の場を提供した小野家は、中学の隣にある。短い坂と長い坂、それぞれの下端に位置する。低い谷の底だ。
 短い坂の上は粟生さん宅と畑、長く緩やかな坂の上には溜め池がある。
 小中学校の敷地は元々、小野さんと粟生さんの畑と竹林だった。
 粟生家への短い坂道は、本来、中学の裏門から正門まで続いていた。
 その為、現在も裏門付近の住民は、中学の敷地を通って、正門前のバス道に出ることが許されている。
 そのことは、大家の志染さんと担任からも聞いていた。

 小学校と中学校の境界部分も、かつては畑の中を通る農道だった。
 地蔵堂は、畑の中の四つ辻に建っていた。
 「工事でお地蔵さんを移動しようとしたらね、作業員さん達が次々怪我したんですって。それも、独身の人じゃなくて、子供が居る人ばっかり……」
 「おいおい、何でいきなり怪談になってるんだ?」
 「さぁねぇ。その話したの、私じゃなくて、小野さんだし。それで、独身の人だけで作業したけど、やっぱり子供の居る人だけ怪我して、動かすのやめようってなって、今もそのままになってるんですってよ」
 「お地蔵さんの祟りで子持ちのおっさん全員怪我? 死者は出なかったのか?」
 父が、そうめんをすすりながら聞く。
 「無事な人の方が多かったらしいけど、怪我した人達が、祟りだなんだって、怖がっちゃって、中止になったみたい。小野さんは特に言ってなかったけど、人死にが出てたら、それも言うんじゃないかしらね」
 「ふーん。で、昔の事故と絡めて、粟生さんの轢逃げも、祟りだってのか?」
 胡散臭げに聞く。
 「いいえ。それがね、霊験あらたかで、そう言う強い力があるお地蔵さんだから、粗末にしたら罰が当たるって、小野さんが……」
 「小野さん以外の人達は、何て?」
 「祟りなんて迷信だ、偶然だ。今時の子はこんな行事、面倒臭がって喜ばない。逆に嫌がってる。もうやめようって声が大きかったわ。縮小してでもやろうって人も、それなりに居るけど……」
 中止派と実行派は、大いにモメた。
 母は、昨日言った通りのことを発言して帰ろうとしたが、ならば証人として見届けて欲しい、と大家の志染さんに引き留められた。
 母が、実行・どちらでもいい・中止の三択で、恨みっこなし、証人は票を投じないことを条件に、多数決で決めることを提案し、場を治めた。
 「で、やるの? やらないの?」
 「中止派が勝っちゃった。一票差だったんだけどね」
 母は心底、残念そうだ。
 今年は、粟生さんの具合が悪いから中止し、来年以降は、また改めて、話し合いを持つことに決まった。

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