■地蔵盆 11.七人(2015年09月13日UP)
連日の猛暑で、コンビニ通いがすっかり習慣化している。
小豆アイスにしようか、ソーダアイスにしようか、いや、パインも捨てがたい……
コンビニの前で、呼び止められた。
「あ、転校生」
「ちょっと、えーっと……転校生!」
「見津君や」
一番背の高いコが、小声で他の二人に教えた。
「あ、はい、見津です。こんにちは」
「こんにちは」
制服姿の女子三人は、アイスを食べていた。
少なくとも、一人は名前を覚えていたが、見津の方は、三人の名前を思い出せない。何とか、美術部員だと言うことは思い出せた。
「明日、川池君らとお寺さん行くんやって?」
先程、信吾の名を言ったコが聞いた。カフェオレ味のチューブ入りアイスを持っている。
他の二人は、アイスキャンディーなので、急いで食べていた。
信吾は、図書委員と同じ質問に身構える。
「お地蔵さんのこと、知りたいんやって? 先輩から聞いた話、教えたげよか?」
図書委員からは、余計なことを知り過ぎるな、と釘を刺された。
それに、先輩から伝わる怪談は、既にサッカー部から聞いている。
「保護者の人が、七人怪我する話なら、川池君達から聞きましたよ」
「それ、何でか、聞いた?」
それを「聞いてはいけない」と聞いている。信吾が断るより先に、アイスを食べ終わった女子二人が、語り始めた。
「お地蔵さんの呪いやから」
「ずーっと昔に、自分の子供を殺した人が居ってん。お地蔵さんは、殺された子の為に作られたんやって」
「殺された子が七人やから、怪我する大人も、七人やねん」
「怪我で済まんかったこともあるけど……まぁ、それだけ強い呪いが掛かるような人らやったんやろ」
子供の死因には驚いたが、ここまでは、信吾が大家の志染さんや、サッカー部員から聞いた話とほぼ一致する。
中学生だけから聞いた話なら、口裏を合わせて転校生に怪談を語り、怖がらせるドッキリかと思うところだ。
だが、志染さんがそれに乗るとは思えない。
あのサイトも、ただのドッキリにしては、手が込み過ぎている。
「どないかして欲しい大人が居ったら、お地蔵さんにお祈りすんねん」
美術部員の声が、やや湿り気を帯び、低くなる。
「美術部の先輩に聞いてんけど、ずっと前の先輩の代に、合唱部の人が、生まれつき顔にある痣のせいで、いじめられとってんて」
「クラスの人も部活の人も、その人のこと庇たり、先生に言うたりしてんけど、いじめっ子の親が学校に来て『ウチの子は正直なだけや。気色悪い顔しとるモンが悪い』言うて、逆切れしたんやって」
「それで、いじめられた人と、いじめてへん人みんなで必死に『いじめっ子の親、どないかして下さい』て、お地蔵さんにお祈りしてんて」
「そしたら、いじめっ子の親、車に轢かれて、顔ぐちゃぐちゃに……」
「ドナイカ?」
信吾は、方言でハイペースに語られる怪談について行けず、妙なタイミングで質問してしまった。
「あ、方言わからん? どうにか。えーっと……改心するか、どっかへ消えるか、それが無理やったら、死んで欲しい言うこっちゃ」
信吾は「死」と言う言葉に体の芯が凍った。
あのサイトの嘲笑。
死を喜ぶ言葉と、お地蔵様を称える言葉が、画面いっぱいに列を成す。
その文字列が、信吾の脳裡を駆け巡る。
「自分の子供に酷いことする親とか、いじめっ子ほったらかしにして『ウチの子は悪ない』て、逆切れする親とか、『自分の子を贔屓せぇ』て、先生に無茶振りして、他の子ぉに迷惑掛けまくるモンペとか……えーっと……」
「なんせ、子供の害になる大人は、みんな、お地蔵さんにお願いしたら、どないかしてくれんねん」
「亡くなった子ぉが七人やから、多分、一人につき一人で、年七人だけなんやろなぁ」
そんなことを、寄ってたかって、新入りの俺に話して、何がしたいんだ?
「どんくらい罰当たるかは、その大人の悪さのレベルに比例するみたいやね」
カフェオレアイスを食べ終え、背の高いコも話に加わった。
「改心できるかどうかも、ポイントちゃうかな? 今んとこ、即死は一人も出てへんらしいから」
「近所のお年寄りも、昔から『怪我で済んどぉ内に性根入替えや』て言うとぉもんなぁ」
「見津君もな、もし、どっかこの辺で、子供を虐待しとぉ悪い大人に気ぃ付いたら、こっそり児相にチクるか、お地蔵さんに話したってな。それで助かる子ぉが居んねやから」
……この地区、オレンジリボン運動、浸透し過ぎだろ!
って言うか、通報先、お地蔵様も含むのかよ!?
児相と言われ、前の学校で夏休み前に配布された小冊子を思い出した。
冊子をもらってから、公衆電話に通報用の電話番号が、貼ってあることに気付くようになった。
公衆電話の数は少ないが、信吾が見た限り、全ての台に貼ってあった。
聞いてもいいものかどうか迷ったが、思い切って、口に出してみることにした。
「この学校、創立十年くらいって聞きましたけど、お地蔵様の祟りってそれより前から、あるんですか?」
「昔は何かあっても、記録とか集計とかしてへんかったから、残ってへんだけ違うか?」
「今は学校やから、お見舞いやらお葬式やらの連絡網で、ワーッて話広がるから、わかり易なっただけ違うの?」
「私は、小六ん時に引越してったから、昔のことは知らんゎ」
アイスキャンディー二人は否定せず、背の高いコは、首を横に振った。
折角、女子と喋ってんのに、何だ、この話題?
信吾は内心がっかりしながらも、顔には出さなかった。
「明日、お寺さんでそう言う話、聞いて来んねやろ?」
「また後で、詳しい話、聞かしてな〜」
「ほな、また登校日に〜」
美術部員三人は、言うだけ言うと、さっさと帰ってしまった。