■碩学の無能力者-10.碩学の無能力者 (2014年12月10日UP)

 巴の父ちゃんは、車を運転しながら、割とのんきに話してくれた。俺も相手に合わせて「アハハ心配掛けてすみませ〜ん」と、重くならないように返した。
 部屋に行くと、巴先生は険しい顔で待ち構えていた。
 「自分が持っている以上の力を扱うのは、君が思っている以上に危ない事なの。君、もう少しで死んじゃう所だったんだよ。わかってる?」
 「は……はい! すみません! すみません! 申し訳ありません! 気をつけます!」
 巴先生の声は女子小学生みたいなのに、気魄と言うか、何と言うか……威圧感がハンパない。俺は土下座せんばかりの勢いで謝り倒した。
 巴はおろおろして、俺達を交互に見ている。
 「すみませんじゃなくって、もうそろそろ、その腕輪は、お店に返したらどう?」
 「えっ!?今……まだ決着ついてないし、これから……多分、もっと、ヤバくなるんで……あの……」
 俺は焦った。しどろもどろで説明する。
 先生は溜息を吐いた。黒江さんと警備員さんは、無反応だ。巴の父ちゃんがびっくりして、固まっている。
 「力のない人がマジックアイテムを扱うのは、凄く危険なんだよ。生命を食い潰されたり、精神的に依存してしまったり、自分自身が強くなったと錯覚して無茶したり……最悪の場合、本人が身を滅ぼすだけでは、済まない事もあるんだよ」
 ポケットから腕環を出し、掌に乗せる。
 ……依存? 俺はデーレヴォに頼り過ぎていたのか?
 「決着がついたら、必ず返しに行きます」
 「決着って?」
 「それは……」
 口を開きかけて躊躇する。
 すぐに思い切って声に出した。家の恥とか、もうどうでもいい。どうせ近所の人達は、みんな知ってて、陰でヒソヒソ噂してるし。
 「姉ちゃんと俺、オカンに虐待されてるんです。父ちゃんは単身赴任で、オカンは浮気しています。父ちゃんに離婚して、オカンを追い出して貰いたいから、デーレヴォに浮気の証拠を集めて貰ってるんです。俺の指示がヘタで、二日連続稼働させてしまったから、こんな事になっただけなんです」
 思った以上にすんなりと言えた。自分の口から出た【虐待】という言葉にギョッとする。
 部屋に沈黙が降りた。
 ドン引きされてる? そりゃそうか。
 「……わかった。じゃあ、力を貸すよ。ちょっと腕環を貸してくれる?」
 腕環を渡すと、先生は左の袖をまくった。中坊の俺よりずっと細くて、折れそうな腕だ。先生、服の上から見ても細かったけど、ここまでとは……
 「ちょ……先生ヤバ……」
 「アルセナール」
 先生が言って、手首に腕環を通すと同時に、サファイアが青い光を放つ。
 「取扱説明書、ちゃんと読んだ?」
 「一応、一通り、目は通しました」
 「体力と魔力の動力切替え。今、魔力を充填するから、ちょっと待ってて」
 黒江さんが、腕環を睨んでいる。怨念がこもっていそうな、凄まじい形相だ。
 ……俺、今日はまだ、黒江さんに何も言ってないよな? 
 先生は、何語かわからない言葉で、警備のお姉さんに話し掛けた。魔法戦士の警備員は、同じ響きの言葉で答える。
 腕環のルビーは体力、サファイアは魔力の充電池。
 俺の時、体力モードのルビーは、弱々しく光るだけだった。先生が魔力モードで着けたら、サファイアは眩しいくらい、強く輝いている。
 俺が弱過ぎるのか、先生が凄いのか。基準がわからないけど、やっぱ、俺……なんだろうなぁ……
 「あれっ? 黒江どうしたの? 何怒ってるの?」
 「わ……私と言う者がありながらッ……ごッ……ご主人様はッ……そんな物を……」
 後は嗚咽で言葉にならなかった。
 執事形態の使い魔が、肩を震わせ、大粒の涙を零す。
 「えっ!? やきもち焼いてるの? ちょっとの間だけだよ? それでもイヤなの?」
 魔法使いの先生が、びっくりして小さい女の子みたいな可愛い声で、問い掛ける。
 五十代くらいの渋いおっさん執事は、野太い声で、幼児のようにしゃくりあげて泣きながら、俺と腕環を交互に指差して頷いた。
 「だッだって、えっえっ……ごッご主人さば……うっうっ……うぇあぁあぁあぁあ……」
 えっ!? 俺が悪いの? ……まぁ俺が体力のない貧弱な坊やなのが、原因だけど……
 巴親子と魔法戦士は、横や下を向いて肩を震わせ、必死で笑いを堪えている。
 「あー……はいはい。クロ、おいで。だっこしよう」
 先生が腕環を外しながら言った。
 俺の手に帰ってきても、サファイアの輝きは消えない。
 黒猫になった使い魔は、先生の腕に飛び込んで、すりすりゴロゴロ甘え始めた。
 「よしよし。クロが一番好きだし大事だよ。……何? ちょっとでもダメだったの。怒ってるの? ……あーハイハイ。クロはやきもち焼きだなぁ、もー」
 先生が、小さい子をあやすように言って、黒猫の背中をトントン叩く。
 元はあんなでかい悪魔なのに、メンタル弱過ぎだし、甘え過ぎだろう……
 「次は私に貸して下さい」
 魔法戦士が差し出した手に、腕環を乗せる。
 魔法戦士が着けても、サファイアが輝いたが、先生程、強い光ではなかった。でも、俺のルビーの光よりも、ずっと強い輝きだ。
 自分の弱さを改めて思い知らされて、絶望的な気分になる。
 魔法戦士は、もう一方の手を腕環に添えて、小声で何か呟いた。
 「魔力で使用する場合は、呼ばない限り出てこないようですね」
 魔法戦士に言われて、初めて気付いた。俺が体力モードで使った時は、着けただけで出て来たんだった。それに、もう何日も、デーレヴォに会っていない。
 「腕環本体に【見えない盾】の術を掛けました。合言葉を言えば、一度だけ攻撃を防ぐ見えない盾が展開します。大きさは、腕環を中心とした……この机の天板程度で、形は円形です」
 ベッドの脇に置かれた丸テーブルは、開いた折り畳み傘より一回り小さい。
 「合言葉は、この腕環の動力を、体力から魔力に切り替える言葉と、同じにしました」
 俺が頷くと、先生は、ぐずぐず言って甘える黒猫を撫でながら、釘を刺した。
 「今夜は病み上がりだから、腕環を使わずに寝て、明日以降も使い過ぎないように」
 巴の父ちゃんが、車で公園の東口まで送ってくれた。
 車内では、他愛ない世間話をしてくれて、かなり緊張がほぐれた。
 他所の家には既に灯が点り、どこからかカレーの匂いも漂ってきた。風呂場で反響する子供の楽しそうな声が、通りに漏れ聞こえてくる。
 犬の散歩、ジョギング、塾や学校や買い物、仕事から帰る人達とすれ違う。
 みんな、それぞれ帰る家がある。
 ウチみたいに、家族が敵で家庭が戦場って、他にもあるのかな?
 あるから、探偵とか弁護士とか裁判所とか制度があるんだよな。
 我が家には、まだ灯が点っていなかった。
 自室に戻り、腕環を鞄の底に隠す。
 姉ちゃんの帰りを待つ間、ベッドに横になって、取扱説明書を読み返した。
 魔力なんて持ってないから、適当に読み飛ばしていたが、先生はちゃんと、動力切替えの合言葉も書いてくれていた。
 体力から魔力は【アルセナール】
 魔力から体力は【アルハイブ】
 姉ちゃんは、いつもより早く帰ってきた。店長が「弟さんの看病をしてあげなさい」と、閉店後の手伝いなしで、帰らせてくれたそうだ。
 店長さん、マジいい人過ぎる。
 台所で、レバニラ炒めとご飯と味噌汁の晩ご飯を食べながら話す。俺は、巴先生達に力を分けてもらったから、もう大丈夫だと説明した。
 オカンとクソ兄貴は居なきゃ居ないで、いつ帰って来るかと、びくびくさせられる。
 俺達は部屋に戻って、メールをチェックした。
 父ちゃんから昨夜、今日の昼休み、ついさっきの三回来ていた。

 件名:すまない
 本文:今まで全く気付かなかった。お前達を辛い目に遭わせて申し訳ない。
 これからは父さんが守る。危ないと思ったらお祖父ちゃんの所に行くんだ。
 警察署でもいい。父さんが居ない時は、とにかく逃げて欲しい。
 それから、お姉ちゃん、お誕生日おめでとう。

 父ちゃんも、俺達の名前を心底嫌がっていて、名前で呼ばない。オカンは、クソ兄貴の誕生日には、でかいケーキとプレゼントを用意するけど、俺達のは完全にスルーだ。

 件名:届いた
 本文:証拠が届いた。後は父さんが何とかする。
 今まで無理させて申し訳ない。ありがとう。
 
 父ちゃんもオカンと戦ってくれる。

 件名:日程
 本文:有給休暇を取らせてもらった。明朝、帝都に戻る。
 笑美華には、さっき「日曜まで帰れない」とメールした。
 色々する事があるから、実際に日曜まで家には帰れない。
 笑美華の事は、放っておくように。プロに依頼した。
 近くに居るから、危なくなったら、電話してくれ。

 父ちゃんの携帯番号が書いてあった。
 「これって、嘘情報を与えて、敢えて泳がせて、プロの探偵さんに、もっとたくさん証拠を押さえて貰うって事よね」
 姉ちゃんスゲー。俺は全然気付かなかった。
 父ちゃんの動きを内緒にして、プロの邪魔すんなって意味だと思ってた。

 もうすぐ決着がつく……のか? 

 作戦開始十一日目の木曜日。明日から四連休だ。
 俺達は何食わぬ顔で登校した。父ちゃんは、もう帝都に着いただろうか。
 校門で網干さんに話し掛けられた。
 「おはよう。もう来て大丈夫なの? 最近ずっと顔色悪かったし、無理しちゃダメよ。あ、これは副委員長としてのアレで、個人的な心配じゃないから。本気で心配してんの、須磨さんと塩屋さんと、委員長くらいじゃないかな?」
 網干さんは巴が眼中にないらしい。でも、俺が倒れた理由を知っているのは、巴だけだ。
 軽くお礼とお詫びを言って、教室に入った。赤穂と巴、西代班長はまだ来ていない。
 席に鞄を置くと、塩屋さんが来て、鞄を持ったまま話し掛けてきた。
 「友田君、おはよう。もう大丈夫? 無理しないでね。具合悪くなったら、私に言ってね。私、保健委員だから」
 「うん。みんなに迷惑掛けちゃって、ごめん。自分でも、まさかあんな大事になると思ってなくて、大丈夫だと思って、甘く見てた。以後、気を付けます」
 「あ、高砂君、風邪じゃなくって、インフルエンザだったって。暫く来られないって」
 「えっ? インフルエンザ? あれって、冬になるもんじゃないの」
 「少ないけど、他の季節でも、ずーっと患者はいるんだって」
 「そうなんだ。気を付けるよ」
 「私、保健委員だから、何かあったら、言ってね」
 「うん、ありがとう」
 塩屋さんは、やけに「保健委員」を強調して自分の席に着いた。
 俺は、女子との会話最長記録を更新した。
 あれっ? そう言えばさっき、須磨春花が本気で心配してるって言ってなかったか?
 さっき、軽く流した網干さんの話を思い出して、困惑する。
 一番前の席に座っている須磨春花の後ろ姿を見た。肩より少し長い艶のある黒髪。勿論、後ろ姿だから、顔も表情もわからない。
 須磨家と友田家は、隣り合っているが、弁護士立会いの許で不可侵・不接触の念書を交わした。加害者であるウチがこれを破ったら、須磨家に追加の迷惑料を払う約束だ。
 被害者家族の須磨春花が、加害者家族である俺を本気で心配してるって、どういう事だよ。一度も喋った事ないし、俺は須磨春花を直視すらしていない。全力で避けてる。
 須磨春花も同じじゃないのか? 何で? 網干さんの勘違い?
 今日一日、夜眠るまで、須磨春花の事が頭を離れなかった。

 作戦開始十二日目、四連休初日の金曜日。
 オカンは朝からどこかに行った。クソ兄貴は昨夜から帰っていない。
 店が休みになったので、姉ちゃんも連休中、バイトが休みになった。姉ちゃんと二人で午前中に家事を終わらせた。
 縁側でお茶を飲んでほっこりする。物干し台があるだけの狭い庭。花も何もない。干したばかりの洗濯物が、風で揺れるのをぼんやり眺める。
 敵がいつ帰ってくるかわからないので、完全に気を緩める事はできないが、平和だった。
 姉ちゃんは「お菓子がないなら自分で作ればいいのよ」と、クッキーを作っている。小麦粉、砂糖、卵、牛乳、バター。全部家にある。少しなら使ってもバレない。
 お菓子を買うお金がなくても、作り方を知っていて、材料があれば、自分で作って食べられる。
 誰かが分けてくれる幸運を待たなくてもいいんだ。
 俺は台所に行って、洗い物を手伝った。窓を全開にして換気扇を回し、クッキーの甘い匂いを家から追い出す。焼き上がったクッキーを自室に持って上がり、一階には消臭スプレーを撒いた。
 姉ちゃんと二人でクッキーを食べながら、役に立つリンク集を読み返す。
 「他にもあるから追加しといたよ」
 姉ちゃんはそう言って、一昨日のメール「役に立つリンク集その2」を開いた。
 DNA鑑定をしている会社の料金表・所要日数表、家庭裁判所の「親子関係不存在確認」と「名の変更許可申立」手続きのページ、法令データベースの「児童虐待の防止等に関する法律」のページ。
 「私は十八歳になったから、この法律の保護からは外れて……あんたを守る側になったから」
 守る側ったって、姉ちゃんは、まだ、高校生だ。まだ、就職もしてない。まだ、引越しもしていない。でも、もう法律は、姉ちゃんを守ってくれないんだ。同じ家の同じ姉弟で、同じ敵と戦ってるのに。
 「それから、私が記録をつけるきっかけになったのは、このサイト」

 VS毒親! 〜対策・対抗マニュアル〜

 子供を愛玩用人形、搾取用奴隷、サンドバッグにする名ばかりの親から離れて、人間らしく普通に……平穏に暮らす為の参考情報が、詳しく書いてあった。
 wiki形式で、子供の害になる親の特徴をまとめたテンプレ、生まれた時から暴力や暴言で支配されてきた子供が陥る「学習性無力感」などの心理状態、カウンセリングの受け方、精神の回復段階、親の支配からの脱出方法、各種手続き、公的機関や支援団体のリンク集などが、詳しくまとめてある。
 相談掲示板へのリンクを開くと、たくさんの相談や体験談が書き込まれていた。
 大半が、既に大人になった「奴隷」や「サンドバッグ」の子だった。
 大人になっても、親から危害を加えられ続けていて、社会人になってから、色んな人と出会って経験を積んで、初めて、自分の親がヤバい奴だと気付いたからだ。
 「児童虐待の防止等に関する法律」の保護対象から外れる年齢になっても、親から逃げられない高校生や大学生、新社会人の書き込みもある。
 親のせいで困っている人達を「お前が悪い」「被虐待児は甘え」と罵ったり、上から目線で貶したりする書き込みもあるけど、大部分が、その人の絶望的な気持ちを受け止めたり、真剣に相談に乗って、色々な視点から助言するまっとうな書き込みだった。
14 名もなき子 13/02/20火
 まさに外道。親も親戚もマジキチ。全力で逃げろ!
21 名もなき子 13/02/22火
 》09
 脱出おめでとう! 全力で縁切りだ! 住民票のロック忘れずにな!
49 名もなき子 13/02/23水
 許されるものなら、お前の親ぬっコロがししたいゎ#
65 名もなき子 13/02/23水
 今までよく頑張ってきたね。もうリスカしないで自分を大事にしてね。
 それは「親にもらった体」じゃない「あなた自身の体」なんだから。
67 名もなき子 13/02/24木
 その環境でグレなかっただけでも充分誇れる。胸を張れ。お前さんは立派だよ。

 助言禁止で、辛い思いを吐き出して、気持ちを整理したり、客観的に自分の状況の確認をしてもらう為だけの掲示板もあった。
 顔も知らない赤の他人が、誰かの為に悲しんだり喜んだり憤ったり励ましたりしている。
 ウチだけじゃなかったんだ。
 親を敵とする戦場=家庭で育った人って、こんなに大勢居るんだ。
74 名もなき子 13/02/24木
 あたし一人じゃもぉムリ。メアド晒したら助けに来てくれる?
79 名もなき子 13/02/24木
 》74
 寝言は寝て言え
 リアルじゃないからこそ利害に関係なくアドバイスできるんだ。
 親友や恋人や婚約者でもない他人の為に
 自分の身を直接危険に晒してタダで
 そんなヤバイ親と戦える聖人君子はまず居ねぇ!
 リアルな助けが必要なら信用できる周囲の人間かプロに頼め!
83 名もなき子 13/02/24木
 》74
 「掲示板見て助けに来ました」ってリアルで言う奴は罠だ! 接触スンナ。
 「家出支援」とかほざく奴なんざ、親とは別の種類の奴隷募集人だ!
 神を自称する奴を絶対信用すんな。
 モツを切り身で売られるか、監禁されてAVデビューかウリやらされるだけだ。
 どうしても無理なら、証拠揃えて児相とか警察とか公的機関に頼れ。

 見ず知らずの赤の他人が、他所の子を助ける為に、まとめサイトを作っていた。
 リアル知り合いじゃないから、直接「その人」を助ける力はない……物知りだけど、何もできない。でも、得た知識を基に「その人」が、自分で色々な行動を起こして、未来を変える可能性を開く事なら、できる。
 見知らぬ人が集積した知恵と知識が、「その人」のその後の人生を守る【可能性の卵】になる。善意は魔法じゃないけど、ここの人達は、ある意味【碩学の無能力者】なんだ。
 児童虐待って、小さい子だけの事だと思ってたけど、そうじゃなかった。
 俺達くらいの大きい子も……いや、成人してからでも、就職しても、結婚しても、自分が親になっても、何歳になっても、親が死んでも、ずっとずっと、いつまでも……我が子に危害を加える親の呪縛を解いて、その支配から逃れられない限り、一生続くんだ。
 「この先ずっと、お母さんとお兄ちゃんに怯えて生きるなんて、絶対イヤだから」
 搾取用奴隷の姉ちゃんは、サンドバッグの俺の目を見て、力強く言った。
 サイトによると、愛玩用人形として歪められてしまった兄貴も、常識とか教えられなかったせいで、自分で気付かない限り、一生苦しむ事になるらしい。
 でも、ただの子供でしかない俺達に兄貴を助ける事はできない。
 自分の身を守るだけで、精一杯だ。
 それに、兄貴が自分の異常性を自覚しない限り、こっちが助けの手を差し伸べても、オカンと一緒になって、俺達を攻撃するだけだ。
 敵を救う事はできない。
 まともな親でなければ、そもそも会話が成立しない。
 奴隷やサンドバッグは、「人間」と思われていないので、そんな「物」の言い分に耳を傾ける事は、ないからだ。
 言われてみれば確かに、オカンもクソ兄貴も、一方的に命令したり、貶したりするだけで、俺達の話を聞く事は、なかった。
 話し合いは諦めて、全力で親と距離を取って、連絡手段を断って、二度と接触しないように、追跡されないように、探し出されないように、引越し先を知られないように、役所や周囲の友人知人に根回しして、とにかく逃げる事。
 「まずは、生き延びる事を最優先に考え……」
 魔法戦士の言葉を思い出した。
 逃げる事は、戦術的にも正しい事なんだ。
 悪い事をして、親からコソコソ逃げ回るのとは違う。
 自分の生命と人生を守る為に、敵になった親の支配から、脱出するんだ。

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