■碩学の無能力者-03.フリマ (2014年12月10日UP)
四月の第三日曜日。
オカンはライブ旅行、クソ兄貴は彼女の所で、二人とも、金曜から家に帰っていない。
久々に姉ちゃんと二人きりで、のんびり過ごす事ができた。
バイトに行く姉ちゃんを見送った後、俺も家を出る。
ポケットの中には、千二百円。八百源貯金の端数だ。
行き先は、瀬戸川公園のフリーマーケット。
姉ちゃんは、四月三十日で十八歳になる。来年の今頃は、きっと就職して家を出てる。
オカンに給料を巻き上げられないように、遠くの会社に行って、引越し先も就職先も、内緒にするって言ってるから、一緒に過ごせる誕生日は、今年が最後かも知れない。
姉ちゃんと俺は、自分の手元に誕生日プレゼントが残っていない。
クソ兄貴が取り上げて、遊んでいる内に壊すか、新品の状態で、つるんでる連中に売りつけていたからだ。
父ちゃんと、祖父ちゃん祖母ちゃんが、プレゼントに付けてくれたメッセージカードだけは、大切にとってある。
瀬戸川公園に着くと、既にフリーマーケットは始まっていた。
新緑に囲まれた広場に、家の不用品を持ちこんだ家族連れや、瀬戸川区内の業者が、ブースを出店している。
ブースも買物客も多く、公園の中は見た事がないくらい混雑していた。
すっきり晴れ渡った空の下を若葉の香りを含んだ風が、やさしく通り過ぎて行く。その風に乗って、どこかのラジオから、DJの明るい声と流行りの曲が流れてくる。
晴れてよかった。雨だったら中止になるところだった。
姉ちゃんの誕生日プレゼント。中古はどうかと思うので、一般人のブースには行かず、業者のブースに直行する。
一般と業者は区画が分かれていて、客層も混み具合も全然違っていた。
姉ちゃんはロクな服を持っていない。従姉のお下がりと、オカンがシマウラで買ってきた一着数百円の安物と、学校の制服だけだ。
化粧品とアクセサリーは、一個も持っていない。
来年は社会人だし、人並みにお洒落させてあげたい。
千二百円で何が買えるだろう。
俺は化粧品屋のブースをチラ見した。
折り畳み式の長机の上に、商品を山盛りに入れた籠が並べてある。掘り出し物を求めて群がるおばちゃん達の隙間から、籠に付けられた値札が見えた。
どれでも一個三百円―
四つ買える。少し近づいて、おばちゃん達の肩越しに、籠の中を覗いてみた。
絵具のパレットの小型版みたいなのや、何かよくわからん円い容器、歯磨き粉っぽいチューブに入った何か、派手な爪セット、小さい瓶に入った何か、可愛い小瓶は香水なのかな? 香水ってこんな派手な色なのか? よくわからん。
化粧品は、種類が多過ぎて、何が何やら全くわからん。
結論。ヘタな物買って使えなかったらアレだし、やめとこう。
服屋のブースが並んでいる所に向かった。
客を見て、姉ちゃんくらいの年の人が多いブースに近付く。
ハンガーラックに付けられた値札は「どれでも一着二千円、三着五千円」だった。
退き下がって、隣のブースを見る。スカーフ専門店らしい。
価格帯は三百〜千円。俺でも買える。
スカーフって、お洒落アイテムなんだ……あ、姉ちゃんが好きな柄とかわかんねー。女だし……花柄とか? 姉ちゃんの好きな花って何だっけ? 無難に薔薇……とか? いや、無難って何だよ!?どうせ買うんなら、姉ちゃんが好きな奴買わなきゃ意味ねーよ!
よろよろ、ふらふら。
広大な公園にびっしり並ぶブースを、俺は当て所もなく、彷徨い歩いた。
見れば見る程、迷いが出る。
これで喜ぶ姉ちゃんの顔が思い浮かばず、ブースを離れた。
どこからか、ラジオの天気予報が流れてくる。
今日の帝都は、天気に恵まれ、五月中旬並みの気温で云々……
道理で暑いと思った。人混みを吹き抜ける風が、気持ちいい。溜息をついて顔を上げる。
業者の爺さんと目が合う。
心臓を鷲掴みにされたような衝撃を感じた。
思わず爺さんに駆け寄る。
爺さんは、芝生の上に直接、半畳くらいの赤い絨毯を敷いて、座っていた。
売り物はアクセサリー。
爺さんの胸元では、銀のペンダントが揺れていた。
翼の生えた銀の卵……
「あ……あの……こっこっこ……これっ……」
緊張で言葉が出てこない。震える手で、爺さんの胸元で揺れる銀の卵を指差した。
爺さんは、人の良さそうな笑顔を浮かべて、首を横に振った。
「ごめんよ。これは売り物じゃないんだ」
「あっあの、知ってます。かっ……かっ【可能性の卵】ですよね!?」
「へぇ、よく知ってるね」
爺さんは驚いて俺の顔を見上げた。
魔術師の国際機関「霊性の翼団」は、魔法の専門分野毎の小集団に分かれている。
【可能性の卵】はそのひとつで、魔力は持っていないが、魔術の研究で一定以上の成果を修めた功績や、知識の量を認められた学者……というか、賢者の集団だ。
この近くだと、日之本帝国の最高学府・帝国大学の魔道学部教授が、持っている。
元々は、魔法文明国に稀に生まれる「魔力を持たない人」の目印だったらしい。
帝大の公式サイトで見た。
サイトに拠ると帝大には、【舞い降りる白鳥】の先生も在籍している。【舞い降りる白鳥】は、ガチの魔法使いで、術の解析や呪い解除の専門家だ。
「おじいさん、帝大の先生なんですか?」
「はははっまさか。儂ゃそんな優秀じゃあないよ。若い時分、ディアファナンテに住んでいただけだ」
「スゲー……魔法の修行とか、してたんですか?」
まだ、心臓はバクバク言ってるが、少し落ち着いてきて、ちゃんと質問できるようになってきた。
ディアファナンテは、魔術士連盟「蒼い薔薇の森」本部がある魔法文明国だ。
魔法文明国は、鎖国政策を採る国が多いが、アルトン・ガザ大陸のディアファナンテは、国際交流に力を入れている。近くに科学の大国バンクシアがあり、周辺国は両輪の国と科学の国。その地域の純粋な魔法の国は、ディアファナンテ一国だけ。
国際政治とか難しくてわからないけど、一国だけぼっちを貫くのは無理だったんだろう。
でも、そのおかげで、初心者向けの魔術士連盟「蒼い薔薇の森」ができて、現在はネットでも、魔術について色々と調べられるようになっている。
「儂は魔力がないからね。占術を勉強しに行ってたんだよ」
「占い師さんなんですか。スゲー」
「魔力がないから、当たるも八卦当たらぬも八卦になってしまうけど、魔力のある人が占うと、かなりはっきり、確実な未来が視えるらしいよ」
「マジですか!?スゲー! 魔法みたい!」
「占術も広い意味では、魔術のひとつだからね。力のある人が使えば、それは魔術だよ」
爺さんは、ニコニコして説明してくれた。
いつだったか、赤穂が言ってた「魔力がなくても使える魔法」って、占いの事だったのか。
俺も、修行頑張ったら、できるようになるのかな。
未来がわかれば……悪い事が起きる前にわかれば、未然に防いだり、最悪でも、被害を少しは軽くできる。
そしたら、自分の力で、みんなを守れるかもしれない。
「あの、おじいさん、弟子入りって、どうすればいいんですか?」
「弟子? 儂は、弟子は取ってないよ」
あぁうん。そうだよな。この国で魔法使いの弟子を育てるって、大変だろうしなぁ。
「魔道学部のある大学に行けば、占術の研究もしてるんじゃないかな? すぐ近くの帝大とか。あそこは、魔法使いの先生もいらっしゃるよ」
「帝大とか、ムリですよ……俺、そんな賢くないんで」
俺は笑って誤魔化した。帝大どころか、どんなに頑張っても、オカンがどこの大学にも行かせてくれない、なんて、初対面の人に言えない。
「帝大の魔法使いって【舞い降りる白鳥】の巴先生ですよね? 呪い解除の専門家」
「詳しいねー」
「サイトの受け売りですよ〜。俺なんか全然……好きで、本も読んでますけど、ちっともわかんないですし……」
都立図書館で、巴先生が書いた「魔術概論」という本を借りて読んだ事がある。
先生は「巴宗教」という名前で苦労してそうで、何となく親近感を覚えた。どう読むのかわからないけど、まさかそのまんま「ともえしゅうきょう」じゃないよな……
その本は、初学者向けの基礎的な内容で、写真や模式図、用語解説もいっぱい載っていた。多分、専門書としては、わかりやすい部類なんだろう。
でも、俺のアタマでは、半分もわからなかった。
難しい字は、辞書引いて調べながら読んだから、学校で習っていない字を幾つか覚えられたのは、収穫だった。
「理解は後からついてくるよ。今は、知らない事、知りたい事、興味を持った事に触れて、吸収していく時期なんだから、まだまだ、これからだよ」
占い師の爺さんは、優しい眼で微笑んで言った。なんとなく、仏の明石を思い出してしまったので、話題を変えてみる。
「話、変わるんですけど、【急降下する鷲】って、カッコイイですよね! 魔物退治のエキスパート! いかにも魔法戦士って感じで!」
「そうだね。でも、君が欲しいのは、そう言う即物的な力じゃなくて、問題を解決する力なんじゃないかな?」
俺は、冷水を浴びせられたように固まった。
何も……余計な事、言ってないよな……?
占い師の爺さんは、ペンダントをいじくりながら言葉を続ける。
「この【可能性の卵】は、別名【碩学の無能力者】とも言う。卵は空を飛べないからね。物知りだけど、何もできない……と言うような意味だ」
ガチの魔法使いからしてみれば、所詮は魔力を持たない俺達なんて、どんなに頑張って勉強して、知識を身につけても、「無能」にしか見えないんだな。
どんなに努力しても、後天的に魔力を身につけることはできない。元々、魔力を持ってる人なら、その力をある程度、伸ばす事はできるけど、元々ない力を伸ばす事は、できない。
ゼロにどんなに大きな数を掛けても、ゼロにしかならない。
魔法に「努力」は加算されない。足し算ではなく、掛け算の世界だ。
スタート地点で勝負が決まっている。
「だけどね、知識を基に色々な行動を起こせば、未来を変える可能性を開く事ができるから、【可能性の卵】なんだよ」
俺は、余程暗い顔をしてしまったんだろう。爺さんは、優しい声でフォローしてくれた。
何も買わずにブースの前に居座ってちゃ、邪魔だよな。そろそろ……
「君には、これが必要みたいだね」
爺さんは、赤い絨毯の上に並べたアクセサリーの中から、腕環をひとつ拾い上げた。木の枝が複雑に絡み合ったデザインで、赤と青の宝石が一個ずつ嵌っている。
細い糸で、小さな値札がくくりつけられていた。
七〇〇〇〇円
「えっ……えぇええええっ!? そっそんな大金、持ってないです!」
むりムリ無理! って言うか、フリマに万単位の金、持ってくる人って、居るの?
クレジットカード、使えないよな?
あ……でも公園の北側の人達なら、こんくらい、ポンと現金一括で買っちゃうのかな?
瀬戸川公園の北側は、古くからあるお屋敷街で、何と言うか……世界が違う。
俺が住んでるのは、公園の東側。
フリマの一般ブースは、東の住人か、北の住人か、一目でわかってしまうくらい、違う。
俺の住む町は、四十年くらい前まで、公園と同じくらい広大なお屋敷だった。当主が亡くなった時に相続税を払えず、屋敷と庭を物納……税金を現物で国に納めた。
国は、それを競売にかけて、不動産会社が落札。不動産会社は、土地を切り売りして、お屋敷跡は、小さな建売住宅やアパートやマンションが並ぶ、小さな町になった。
土地の切り売りには、周辺住民の反対運動が起こったらしい。
結局、そのお屋敷は町になったけど、その十年後、同じように税金が払えなくなった隣のお屋敷は、瀬戸川公園になった。
で、今は昔お屋敷だったこの公園で、フリマや区民まつりが開かれたりしている。
「千円でレンタルするよ。後で店に返しに来てくれれば、お金は半分返そう」
爺さんはそう言って、絨毯の上に積んだ名刺を一枚差し出した。
占い館
Ova‐avis(オヴァ・アヴィス)
店の住所と簡単な地図が、印刷されていた。
今時珍しく、URLもメルアドも載っていない。
……千円でレンタル? それって、俺がクソ兄貴みたいなクズだったらアウトじゃん。七万の腕環を千円でゲットして、売り飛ばすんじゃないか、とか、普通、そういうの心配しないか?
「君は、きっと返しに来てくれる。信用貸しだよ」
俺が返したくても、オカンやクソ兄貴に見つかったら、返せなくなっちゃうんですが。
爺さんは、ポケットからメモ帳とボールペンを取り出した。
「名前を書いてくれたら、レンタル契約成立だ」
「えっ? 名前だけ? 住所と電話番号は、いらないんですか?」
それと、未成年だと保護者の氏名とか、身分証明書とか、他にも色々……
「いらないよ。君は必ず、返しに来てくれるから」
爺さんの目は、俺の背後を見ていた。他の客が来たのかと思って、右にずれながら振り向く。
誰も居ない。
みんな、この占い師のブースを素通りして行く。
「その腕環は、必ず、君の助けになってくれるよ」
「助けに……なって、くれる? それってもしかして……」
再び動悸が激しくなる。
「魔法の腕環だよ。レンタルなら、用が済んだ時に自力で儂の許に帰ってくる。君が返しに来てくれれば、半額返金するけどね」
いやもう、どんな表情すればいいのか、わからない。
マジックアイテムを千円でレンタル? 何その契約。嬉し過ぎて、ちびりそうなんですけど。あ……でも、千円もするのか。姉ちゃんのプレゼント、二百円じゃ、ロクな物、買えなくなるな。
自分でも、一瞬で表情が固くなったのが、わかった。
「すみません。今、千二百円しか持ってなくって、あの……」
「お姉さんの誕生日プレゼントとしても、大いに役に立つけどね」
俺は、言葉が出てこなかった。
まだ、何も、言ってないよな?
何で、姉ちゃんが居るとか、誕生日プレゼントを買いに来たとか、わかるんだ?
占い師って、カードや水晶球がなくても、そんなハッキリ、わかるもんなの?
こんな凄い占い師が勧めるんだ。きっと、本当に俺達を「何か」から守ってくれる……
俺は、メモ帳とボールペンを受け取り、名前を書いた。
友田鯉澄
爺さんは、メモ帳を受け取った途端、険しい顔になった。
「あ、あの、それ、本名なんです。できれば、普通のに変えたくって、その……」
ふざけて偽名を書いたと思われて当然だ。
「失礼だけど、君の名前はいい名前じゃないねぇ。大凶と言う程酷くはないけど……」
……そっちかよ!
「普通……普通の名前で、なるべく幸せそうな……」
占い師の爺さんは、ブツブツ言いながら、名刺の裏に何か書いて、俺に手渡した。
俺の手の中に同じ名刺が二枚。二枚目の裏には「幸助」と書いてあった。
「もし、名前を変えるなら、この名前が大吉だ」
「あ……ありがとうございます!」
この爺さん、初対面の俺の名付け親になってくれるのか。頑張って名前変えよう。
「友田幸助」として、生き直したい。人生を大吉でやり直したい。
「お姉さんは店に来た時に有料でね」
俺は、何度もお礼を言いながら、千円札を渡した。爺さんは、ちゃっかり宣伝しながら、腕環を俺の掌に乗せた。
ひんやりとした銀の腕環。
「使う時は、それを身に着けて命令するだけでいい。でも、外で使っちゃいけないよ。必ず家の中で使うんだ」
「はい! 家の中ですね。わかりました。ありがとうございます」
俺は何度もお礼を言って、占い師のブースを離れた。遠ざかる俺の背中に、占い師の爺さんは、思い出したように声を掛けた。
「何もかも終わったら、お祖母さんのお墓参りに行ってあげるんだよ」
「えっ?」
思わず立ち止まって振り向く。
人にぶつかった。混んでる所で急に立ち止まったのだから、当然だ。
「すみません」
俺とその人は同時に謝った。
ぶつかったのが常識人でよかった。
クソ兄貴みたいな奴だったら、因縁つけられて有り金全部巻き上げられるところだった。
改めて、ぶつかった相手を見る。
その人は、巴の拡大コピーだった。
巴がそのまま大人になって、銀縁眼鏡を掛けたような人で、休日のお父さん的な地味な服を着ている。俺の父ちゃんより若い。でも二十代ではなさそう。三十代前半くらいか?
「あ……友田君……」
その人の斜め後ろに、巴オリジナルも居た。推定父ちゃんとペアルックなどというベタな事はなく、普通に中学生らしい恰好だ。
この爽やかな青空の下でも、相変わらず暗い顔をしている。
「ん? 政晶君のお友達?」
「同じクラス。掃除の班が一緒の友田君」
拡大コピーは、オリジナルの方に顔だけ向けて聞いた。拡大コピーは、のんびりした感じだが、オリジナルは明らかに緊張していた。
え? 何? 俺、巴に怖がられてんの? 何で?
拡大コピーは、にこやかにこちらを向いて何か言いかけて、固まった。
「友達?」って質問に「同じクラスの同じ班」なんて返されたら、友達じゃないって思うよな。実際、一番接点があるのに、この二週間、一回も喋った事ないし。
「……仲良くしてあげてね」
気を取り直したように、拡大コピーは落ちついた声で言った。現状、仲良くないから、そう言わざるを得ないだろう。
俺は黙って頷いた。オリジナルは、拡大コピーの陰に隠れるように立っている。
「よかったら、うちでお茶でもどう?」
「えっ? いえいえいえいえ、そんな、ご迷惑になりますし……」
俺は胸の前で手を振って全力でお断りした。
今、ここでこうしてるのが見つかってもヤバいのに、家に行くとか、洒落にならん。オカンが巴の家に、植木鉢で窓割りに行くっつーの!
「おうちの人と一緒に来てるの?」
「あ、いえ、一人です。今日はみんな出掛けてて、夜まで俺一人なんで……」
そうだった。今、オカンは、よくわからんインディーズバンドのライブツアーで、杜の都に行ってるんだった。安堵で、少し肩の力が抜けた。
「お昼ご飯は?」
「今から帰って作ります」
作るっつーか、昨日のカレーの残りを温め直すだけだけどな。
「よかったら、うちで一緒に食べない? この子は遠くから引っ越して来たばかりで、心細いから、色々教えて貰えると、ありがたいんだけど……」
巴オリジナルは、拡大コピーの陰から、ニュートラルな表情で俺を見ている。
「いえいえ、そんな、他所んちでお昼ご飯なんて、厚かましい……」
「今日、この子の父親は、急に仕事が入って、一人分余ってるんだ」
この拡大コピー、巴の父ちゃんじゃないのかよ!?
驚いたのが顔に出てしまったんだろう。拡大コピーは、笑いながら説明した。
「私は、この子の叔父なんだ。うちは全然迷惑じゃないから、遠慮しなくていいよ」
巴の叔父さんと、八百源の婆さんが重なった。
今、オカンは新幹線で片道一時間半、更に電車とバスを乗り継いで、一時間掛かる遥か北の街だ。順調に行っても、帰りは深夜になる。いっそ帰って来るな。
だが、ここで招待に応じると、友達認定されてしまう。
何故か、仏の明石の慈愛に満ちた笑顔と、赤穂の屈託のない笑顔が、脳裡を過った。
もし、巴に友達認定されたとしても、赤穂みたいに学校限定で、ちょっと喋るだけにしとけば、大丈夫かもしれない。
パーカーのポケット越しに、魔法の腕環に触れてみた。固い金属の感触と「何か」の気配のようなものが、確かに感じられる。
爺さんのブースに目を遣ると、きれいな女の人が、しゃがんでアクセサリーを見ていた。
祖母ちゃんの事を聞くのは、腕環を返しに行った時にしよう。
「じゃあ、あの、図々しいんですけど、お言葉に甘えて……」
今の俺には、魔法の腕環がある。俺は招待に応じることにした。