■碩学の無能力者-04.級友宅 (2014年12月10日UP)

 巴の家は、瀬戸川公園の北側にあった。
 古くて大きな洋館で、博物館っぽい雰囲気のお屋敷だ。
 庭はないけど、鉄柵の門扉の向こうは、車が二台くらい停められそうな煉瓦敷きのスペースになっている。玄関はその奥にあった。
 玄関ポーチに寝そべっていた犬が、尻尾を振って駆け寄ってきた。
 土佐闘犬をダックスフント色に染めたみたいな黒茶の奴……犬に詳しくないから、よくわからない。とにかく、でかくて強そうな犬だ。こんなのに襲われたら、絶対食い殺される自信がある。
 無理。やっぱ大金持ちは、こういうヤバい犬放して、泥棒対策してるんだなぁ。
 「ポテ子、ハウス」
 巴の叔父さんが命令すると、でかい犬は素直に玄関ポーチの犬小屋に入ってお座りした。
 叔父さんが、門扉を細く開けて俺達を中に入れ、最後に自分が入って、素早く閉める。
 巨大なポテ子が、腰を浮かせて一声吠えた。
 巴がびくりと身を竦ませる。俺も固まった。
 「ポテ子、お座り」
 叔父さんの声で、ポテ子は座り直して、こっちを見た。俺達はまだ固まっている。叔父さんは玄関の鍵を開けると、犬小屋の前にしゃがんで、ポテ子の頭を撫でた。
 「今の内に入って」
 叔父さんに声を掛けられて、呪縛が解けた。俺達はポテ子から目を離さず、摺り足で叔父さんの背後を通り、ドアの内側に体を滑り込ませた。
 巴がドアを閉めた途端、全身の力が抜けた。
 「よしよし、ポテ子、お利口さんだな。おやつあげよう」
 ドア越しに叔父さんの声が聞こえる。あんな怖い顔なのに飼い主には懐くんだ。って言うか、巴は自分ちの犬が恐いんだ。ホント気の小さい奴だな。
 巴は既に靴を脱いで、スリッパに履き替えていた。
 玄関ホールは、俺の家の居間くらいの広さがあった。左右は両開きの木製扉。植物っぽい飾りが彫刻されていて、扉なのに芸術品みたいにキレイだ。
 正面は、上三分の一くらいにガラスが嵌っている両開きの扉。ガラス越しに中庭が見えた。中庭は色々な花が咲いていて、花畑みたいになっている。
 玄関ホールの隅には、木製のこれまた立派な電話台。反対側の隅にはAEDがあった。
 電話は普通のプッシュホン。これはわかる。でも、何で、駅とかに置いてあるみたいなAEDが、一般家庭にあるんだ? 金持ちスゲー……
 「叔父さん、心臓悪いから」
 俺の視線に気付いた巴が、ぽつりと説明した。
 靴を脱ぎかけた姿勢のまま、思わず玄関を振り返る。
 「もう一人の叔父さん」
 巴は補足説明をして、左の扉を開けた。
 俺は靴を揃えて、高そうなスリッパに足を突っ込み、巴の後を追った。
 扉の向こうは、板張りの広い廊下だった。壁はシミひとつない白。腰板にも、ちょっとした彫刻が施されている。地味だけど、上品で落ちついた雰囲気。
 世界が違い過ぎて、羨ましいとすら思えない。博物館って言うか、貴族の館だ。
 巴は、呆然とする俺を置いて、廊下の奥へと歩いて行く。
 右手側は、窓があって中庭が見える。中庭の三分の一くらいのスペースは煉瓦敷きで、頑丈そうな物干し台が置いてあった。
 この豪邸は、中庭を囲むように建てられ「口」の字型になっているようだ。
 左手側には、ドアが幾つも並んでいる。今見た範囲だけでも、俺の家より広かった。
 巴は、右手側の廊下の曲がり角を素通りして直進し、ドアを開けた状態に固定してある部屋の前で立ち止まった。
 「ここ、洗面所。トイレは手前」
 「う……うん」
 テレビで見た高級ホテルみたいな洗面所で、ビビりながら手を洗う。俺達が洗面所を出ようとしたところに、入れ違いで叔父さんが入って来た。
 「台所で待ってて。すぐ用意するから」
 叔父さんに言われた巴は、頷いて廊下を引き返した。玄関ホールの右側の扉を抜け、反対側の奥へ向かう。
 台所は広くて立派な厨房だった。背広姿の年配の男性が、流しで何かしている。
 「取敢えず座って」
 「う……うん」
 勧められるまま、八人掛けダイニングテーブルの真ん中の椅子に腰を降ろした。俺ん家の台所にこんな物があったら、身動きとれなくなってしまうが、巴の家の台所は全然、余裕だ。巴は食器棚に向かった。
 男性が、水を止めてこちらを向いた。水を入れていたらしい。右手に俺の家と同じ機種の湯沸かしポットを提げて、テーブルの横を通る。
 「おかえりなさい」
 「う……うん。ただいま」
 執事さんっぽい渋い雰囲気の大男は、俺の存在に気付いていないかのように、巴にだけ声を掛けた。巴は、ガラスのコップをテーブルに並べながら、ぎこちなく返事をした。
 何だ、巴の奴、執事さんも怖いのか?
 あ……!
 俺は思わず立ち上がった。
 この「人」見た事ある……! もし、他人の空似じゃないなら、そりゃ怖いわ。
 「あ……あの……もしかして……黒江……さんですか?」
 「そうですが、それが何か? 政晶さん、ご飯と味噌汁はできています。生地は念のために冷凍庫に入れてあります」
 「う……うん、ありがとう」
 黒江さんはそれだけ言って、台所を出て行った。
 「あ……あのさ、巴って、ひょっとして親戚に帝大の先生……居る?」
 「……何で黒江知っとん? 何でおっちゃんの仕事知っとん? 会うた事あるん?」
 巴は驚いて、矢継ぎ早に質問を返して来た。完全な方言。これが素なんだろう。
 「帝大のサイトで見た。あの黒江さんって、魔道学部の巴先生の使い魔だよな? さっきの叔父さんが巴先生?」
 「違う。も一人のおっちゃん」
 こんな偶然って、ありかよ。
 たまたま、巴が俺のクラスに転校してきて、たまたま、フリマで巴の叔父さんにぶつかって、家に招待されて、使い魔に会った。
 使い魔が居るって事は、つまり、今、まさに、現在、この瞬間、この家に、あの巴先生も居るって事だ。本物の魔法使いの先生と、ひとつ屋根の下……
 緊張で口の中がカラカラに乾いた。掌がじっとり汗ばみ、鼓動が早くなる。
 「お待たせ。すぐに用意するから」
 眼鏡の叔父さんが台所に入ってきた。巴が黒江さんの言葉を伝える。叔父さんは、テキパキと慣れた手つきで、ご飯の用意を始めた。
 巴が冷蔵庫から出したお茶を注いでくれた。かすれる声でお礼を言って、一気飲みする。
 何とか、巴先生に会わせてもらえないだろうか。でも、どう頼めばいいんだ?
 ご飯、味噌汁、手造りハンバーグ、サラダ。
 巴家の昼食は、意外に庶民的だった。
 でも、美味かった。
 姉ちゃんが作ってくれる弁当も美味い。
 どうして、誰かが作ってくれた「家のご飯」って、こんなに美味いんだろう。
 俺達は食事をしながら、学校の話をした。と言っても、主に叔父さんが話を振って、俺が答えるだけだ。巴は一言二言返すだけで、全く会話が盛り上がらない。
 商都の奴ってもっとこう……漫才みたいに面白い奴ばっかりだと思ってた。こんな暗いのも居るんだな。もしかすると、それで、前の学校でいじめられてたのか。
 叔父さんによると、叔父さん達兄弟は、俺らと同じ中学の卒業生で、明石先生が巴の父ちゃんの担任だったそうだ。何度も転勤して、また第一中学に来て、巴の担任になるって、偶然なんてレベルじゃない。これが運命って奴なのか?
 部活の話、教科担任の去年の様子、同級生の珍回答、体育の授業で見たミラクル、校外学習や文化祭、体育祭……部活に入っていなくても、剣道部が全国大会まで行ったとか、合唱部が何かの賞を取ったとか、そういう話はできる。
 ぼっちでも、クラス内で起こった面白い出来事は、その場に居れば知っている。
 なるべく面白いエピソードを語ってみたが、巴の反応は、相変わらず薄かった。
 前の学校では、陸上部だった事くらいしか喋らない。余程イヤな所だったのか。
 食事が終わって、叔父さんが片付けを始める。いつもの調子で手伝おうとしたら「座ってていいよ」と断られた。
 そっか。普通、客はそんな事しないんだ。
 席に戻ったものの、話のネタも尽きつつあり、気マズくなってきた。
 まぁこんなんじゃ、友達になれっこないから、それはそれで安心だ。
 オカンがこの家に突撃して、何か壊したら、弁償できる気がしない。最悪、家も内臓も全部売り飛ばしたって、無理だろう。

 バレンタイン事件での須磨家の被害は、植木鉢の投擲による玄関燈と窓と車の破壊、スコップの打撃によるドア破壊、止めに入った須磨春花の母ちゃんの負傷……だったらしい。
 事件の発端は、幼稚園のおやつ。
 当時、姉ちゃんと須磨春花の兄ちゃんは、同じ幼稚園の同級生だった。
 バレンタインのその日、幼稚園のおやつは、チョコウエハースだったが、姉ちゃんは「虫歯が痛いからいらない」と、須磨春花の兄ちゃんに個別包装の袋のままあげたそうだ。
 須磨春花の兄ちゃんは、余分にゲットしたお菓子をその場で食べず、持って帰ったそうだ。
 帰りの園バスから仲良く降りて、迎えに来た母親達に、二人でおやつを見せながら説明したら、うちのオカン、まさかのマジ切れ。
 「ガキの分際で色気付きやがって気持ち悪い!」とか何とか絶叫。
 姉ちゃんに情け容赦ない本気のグーパン。口汚く罵りながら、倒れた姉ちゃんに殴る蹴るの追加攻撃。
 オカンは、須磨春花の母ちゃん達に引き離され、園バスの運転手さんに取り押さえられても、まだ暴れようとしていたらしい。
 この時に、須磨春花の母ちゃん達は全員、オカンに打撲や捻挫の軽傷を負わされ、服もちょっと破られたりしたそうだ。
 顔中血だらけで倒れていた姉ちゃんは、近所の人が呼んでくれた救急車で病院へ。須磨春花の母ちゃんが付き添ってくれたそうだ。
 オカンは、別の人が呼んだパトカーで警察へ。「母親だから」と言う理由で、この日は事情聴取だけされて、晩ご飯前に帰らされたらしい。
 翌朝。
 オカン、まさかの幼稚園襲撃。
 「幼稚園児にバレンタインなんて早過ぎる! 園が非常識! チョコなんて出すな!」的な事を怒鳴り散らして、暴れたそうだ。
 どう見ても、モンスターペアレントです本当に(以下ry
 と言う事で、当時ウチで同居していた祖父ちゃんが、幼稚園に呼び出された。
 父ちゃんはその時、杜の都に出張中で、すぐには帝都に戻れなかったらしい。
 祖母ちゃんは、念の為に入院した姉ちゃんの付添、クソ兄貴と俺は、愛子叔母さんの家に預けられたそうだ。
 祖父ちゃんは、幼稚園で平謝り。オカンにも頭を下げさせ、お隣の須磨さんや近所の人達にも、菓子折り持ってお詫び&お礼行脚。
 オカンの実家にも連絡したが、オカンの実家は本州の北の端なので、すぐには帝都に来られず、後日改めて、と言う事になったらしい。
 深夜。
 オカン、家を抜け出して、何故か須磨さん宅を襲撃。
 須磨さんの庭に置いてあった植木鉢を全部投げて、玄関燈と、庭に面した窓ガラスと、車のフロントガラスを破壊。
 「エロガキぶっ殺す!」等と意味不明な供述をしつつ、須磨さん家の庭にあったスコップで、玄関のドアをガンガン殴りつけているところを、通報で駆けつけた警察官に取り押さえられたそうだ。
 騒ぎに気付いたウチの祖父ちゃんは、オカンを止めようとして、怪我をしたらしい。
 後日。
 弁護士を交えて、両家の話し合いが行われたそうだ。
 オカンの中では「乳児が居るのに、夫が出張したせいで、育児ノイローゼになりました」という事になっていて、何故か、父ちゃんと赤ん坊の俺に、責任が擦り付けられた。
 壊した物の弁償と治療費は、父ちゃんの生命保険を解約して、自家用車を売って、父方の親戚に頭を下げまくって、金借りて払ったそうだ。
 植木鉢の大半が、須磨さんのお祖父さんの盆栽で、どれも一鉢が数十万円する物だったらしい。
 慰謝料は、帝都に来た母方の祖父ちゃん祖母ちゃんが、須磨家で土下座して払って、警察への被害届を取り下げるようにお願いしたそうだ。
 須磨さん達は、母親が前科者になったら、子供達が可哀想だから……と、「オカンが落ち着くまで、実家に帰らせる事」を条件に、取り下げてくれたそうだ。
 和解条件は、この他にも「家人同士の接触禁止」等、色々あるらしい。
 オカンは1年くらい実家に帰った。
 世話が必要な一歳児の俺ではなく、小学生の兄貴だけを連れて行った。その間、兄貴はオカン公認で、学校サボリ。
 姉ちゃんと俺は、祖父ちゃん祖母ちゃんに面倒を看てもらい、父ちゃんは、家のローンと借金返済の為に会社の他、バイトもした。でも、過労で倒れて、バイトはやめたそうだ。
 因みに、その借金は、まだ完済できていない。

 俺は、改めて巴家の台所を見回した。
 格調高い雰囲気の食器棚。食器も棚に相応しい高そうな物ばかり。一番上のあれって、もしかして、銀の食器セットか?
 因みに我が家の食器で最高級品は、パン祭の白くて、やたら頑丈な皿だ。買えばかなり高価な外国のブランド物らしい。
 テーブルも、我が家のは六人掛け。ニタリで買った安物で、足がちょっとグラついている。ここのは、何て言うか、こう……格が違う。重厚な「食卓様」だ。
 だんだん、怖くなってきた……そろそろ帰りたい……
 「政晶さんとお友達の方、ご主人様がお呼びです」
 完全に自分の考えに入り込んでいた俺は、不意に声を掛けられて、飛び上がりそうなくらい驚いた。巴は怪訝な顔で、いつの間にか台所にきていた黒江さんを見ている。
 恐る恐る巴に聞いてみた。
 「ご主人様って?」
 「もう一人の叔父さん」
 巴は標準語で答えて、立ち上がった。俺も立ち上がる。
 黒江さんのご主人様で、巴のもう一人の叔父さんって、あの巴先生だよな?
 俺は、感動と緊張で強張る足を叱咤して、使い魔の黒江さんの後について行った。
 廊下の奥、中庭を挟んで玄関の向かい側にある階段を昇る。手すりを掴む手は、じっとりと汗をかいて、指の間がベタついた。
 「あっあああの、トッ……トイレ……」
 「二階にもあるよ」
 階段を降りようとした俺を、巴が呼びとめた。こんだけ広いと、トイレも一カ所だけじゃ、足りないんだな。
 二階のトイレは階段の左隣。お店みたいに男性の小用と洋式の個室がある。緊張し過ぎて洩れそうだったが、何とか間に合って一息ついた。
 冷たい水で手を洗い、汗のベタつきがなくなると、気持ちも少し落ち着いてきた。
 巴先生、俺達に何の用だろう? 
 一人で待っていた巴が先に立って歩き、階段右側、二つ目の部屋のドアをノックする。
 心臓が、百メートル全力ダッシュ直後のように暴れ出した。
 鎮まれ! 俺の心臓!
 「どうぞ」
 間髪入れず、小学生くらいの女の子の声が、返事をした。
 巴、妹がいるんだ。
 いよいよ、本物の魔法使いとの対面だ。緊張で頭がくらくらしてきた。
 巴がドアを開け、部屋に一歩足を踏み入れる。

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