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■薄紅の花 03.カルサール湾-13.潮騒の町 (2015年08月23日UP)

 朝食後、女医と執事は医院へ、双魚は町の外へ薬草採りに出掛け、女中は家事の為に残った。
 双魚は町の西門を出た。
 町の北西には墓地が広がり、花を手向けに訪れる人の姿が遠目に見える。町の外壁に沿って南西に進み、薬草を探す。

 新しい虫綿は、虫が入っているので使えない。古い虫綿は、粗方採り尽くされていた。
 傷薬の薬草は、常緑の多年草だ。虫達の為に、採り尽くす訳には行かない。虫綿のない草を選んで少し摘み、場所を移る。
 壁沿いの日当たりのいい場所に、熱冷ましが群生しているのを見つけた。枯れ草の間に赤い実が見え隠れしている。貸してもらった小袋に実を摘み取った。
 熱冷ましの薬効は、様々な物が持っている。この赤い実の他、土中に棲む虫や、魔獣の肝、他の薬草の根などだ。
 素材によって効果の強さが異なる。間違った薬を服ませると、熱が下がり過ぎたり、逆に上がったりして危険だ。よく症状を見極める見識が必要だった。
 掌大の袋をいっぱいにして、壁沿いを歩いた。

 潮の香を含んだ風が、枯れ草を撫でる。
 港は、秋魚の水揚げで賑っていた。双魚は港から離れた砂浜で、薬草を探す。
 浜辺には、樹木のように丈の高い裸子植物が生えていた。毛のような繊維が幹を覆い、幹のてっぺんに櫛型の葉が密生している。
 港町の人々は、この植物から、細々した日用品を作る。
 波打ち際に沿って、波の忘れ物が白い帯となって伸る。
 貝殻や流木、海藻の切れ端、陶器の破片、魚の死骸……砂浜にあるのは、ラキュス湖畔では見たことのない物が殆どだ。
 小さな星型の物や、何がどうなっているのか、よくわからないグネグネした白い管、螺旋形の巻貝。【思考する梟】の魔道書で見た素材を探しに来たつもりが、漂着物に夢中になってしまった。

 貝殻を見て、当初の目的を思い出す。
 白い二枚貝も薬になると載っていた。図を思い出しながら、貝を選んで拾う。
 波に磨かれ、丸くなった小石の美しさに見とれた。
 拾おうと手を伸ばした巻貝が、動きだした。思わず手を引っ込め、見送る。どうやら、蟹のような物が入っているらしい。巻貝から伸びた足が、砂の上に点々と小さな足跡を残し、波打ち際に消えた。
 双魚は立ち上がり、服に着いた砂を払った。
 女達が砂浜を掘っている。砂の中に生きた二枚貝が居るらしい。掘り出した貝を手桶に集めていた。
 貝掘りの邪魔にならないよう、離れた所を通り、港から町へ戻った。

 女医の家に戻ると、三人は既に食事を始めていた。
 「ごめんなさいね。先にいただいちゃって。患者さん待ってるから、お昼は急ぐのよ」
 「あぁ、いいえ、こちらこそ、色々とすみません」
 荷物を置き、井戸水で体を洗って食卓に着いた。
 潮のベタつきがなくなり、すっきりした気分でスープを口に運ぶ。まだ温かい。貝と野菜のスープに体の芯が温まる。
 「ごちそうさま。じゃ、後、頼んだわね」
 「はい。お世話様です」
 女医はそそくさと席を起ち、女中が空の容器を台所に運んだ。少し遅れて、執事も食べ終わり、医院に向かう。

 女中は魔法が使えないようで、洗い桶の中で皿洗いをしていた。束子で汚れをこすり落としている。双魚はこの町に来るまで「束子」と言う物を知らなかった。
 浜辺に生える裸子植物の繊維を束ねて作るらしい。道具屋には、材料にする繊維や、完成した束子が持ち込まれていた。同じ素材で箒も作る。
 双魚も食事を終え、食器を運ぶ。
 水が冷たいのか、女中は何度も手に息を吹きかけていた。
 「代わりましょうか?」
 「いえ。これが私の仕事ですから。お客様にこんなこと、させる訳には参りません」
 「えっ、あ、そ、そうなんですか……すみません」
 首を横に振られ、双魚は何かとんでもないことを言ってしまったような、バツの悪い思いで席に戻った。

 持ってきた素材を種類毎に並べ、調合するものを選り分ける。薬草から使わない部位を取り除き、術で水分を抜く。
 医院で調合器具を借り、食卓で薬を作った。
 傷薬、熱冷まし、皸用の塗り薬、胃薬、止瀉薬。
 三つの素材に水や油、バター、蜂蜜等を加え、組み合わせや混合比を変えて、別の薬を作り出す。
 採れた材料が少なかった為、大した量はできなかった。浜辺で遊びすぎたか、と反省する。
 夕飯前に食卓を片付け、薬と調合器具を医院へ運んだ。
 完成した薬を渡し、今夜も医術について教わる。
 女医は、書き留めていた疑問を全て解消し、双魚が知らない術を教えてくれた。
 「質問には全部答えたけど、明日、すぐに発つの? 私としては、もう少し居てくれると助かるんだけど」
 「うーん……そうですね……俺も、教わったことを整理したいんで、明後日の朝まで居てもいいですか?」
 「勿論よ。こちらこそ、助かるわ」

 昨日より早起きして、朝食までに教わったことを紙片にまとめて整理した。
 聞きながら書いた走り書きを、思い出しながら清書すると、再び同じ話を聞いたようによくわかった。わかることが面白く、祖父や父、養父母に教えられた楽しい日々を思い出す。
 家族を思い出しても、涙は零れなかった。

 俺、やっぱり薄情なのかな……?

 妹に至っては、もう名前すら思い出せない。
 少し気が散った所へ、女中が呼びに来た。双魚はそれ以上考えるのを止めた。

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第03章.カルサール湾
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