■薄紅の花 03.カルサール湾-11.薬の勉強 （2015年08月23日ＵＰ）
冬になる前、双魚は三ツ矢に、港町ベルーハに連れて行って欲しいと頼んだ。三ツ矢は、村長の【炉】盤を納品に行くついでだ、と快諾した。
ついこの間まで夏だったが、すっかり風が冷え、町も秋になっていた。
人々は分厚い服を着込み、時折、海から吹きつける風に身を竦め、足早に通りを過ぎて行く。
町から見上げた山は、美しかった。
上から順に朱や黄に染まり、裾野まで彩っている。晴れ渡り澄み切った秋空に紅葉よく映えた。
山の民は冬支度に忙しく、きのこや木の実を集めに出掛けていた。
町の人々も、冬支度に追われているのか、空気がざわついている。
初めて会った場所で落ち合うことに決め、二人は別れた。三ツ矢は【炉】盤の納品に道具屋へ、双魚は薬屋へ向かう。
薬屋に数種類の薬草ときのこを納品し、医師を紹介してもらった。
執事に案内され、満員の待合室を通り抜ける。風邪引きの患者が増え、医師は忙しくしていた。
双魚が旅の薬師と名乗り、咳止めや熱冷ましを渡すと、年配の女医は満面に笑みを浮かべた。胸元で、翼を広げた梟の徽章が揺れる。
「それで、あのー、術で色々とわからないところがあって、お時間がある時に教えていただけたら、と思って来たんですけど……」
「そうねぇ……癒し手が増えてくれると私も助かるし、今日の夕飯、ウチで食べて行かない？ 昼はこの通りだから……」
少し迷っていたが、突然の押し掛け弟子を受け容れてくれた。
双魚は礼を述べ、ひとまず医院を後にした。
人々は日向を選んで歩いている。日が高く昇り、影は肌寒いが、日向は暖かい。
魔法使い達は、人の少ない影を歩いていた。衣服に掛けられた術で、寒さが堪えないからだ。
双魚も影を通り、宿へ向かった。
丁度、昼時で、夏と変わらず繁盛している。
ほぼ満員の食堂で三ツ矢の姿を探す。三ツ矢も店内を見回していた。目が合うと、にこやかに手を振った。
相席の行商人は、丁度食べ終わり、双魚が卓に着く前に席を立った。空いた食器を下げに来た女給に注文を告げ、腰を降ろす。
三ツ矢は既に半分くらい食べていた。煮魚と温野菜とパンとスープだ。
隣の席の男が、食事の温かさに生き返ったような顔をしている。
双魚は改めて、外の寒さと魔法を使えないことの不便を思った。
食事をしながら、互いに首尾を話す。
三ツ矢は店主との交渉がまとまり、いつも通り、村で必要な物を手に入れていた。双魚が、今夜、医師に教えを受けられることになった、と告げると、三ツ矢は少し考えて、口を開いた。
「それは、一晩で済むことなのか？ 今夜帰れるのか？ いつまでかかる？」
「えっ？ ……さ……さぁ？ 旅の薬師だって言ったから、泊めてくれるとは思いますけど……」
問われて初めて気が付いた。己の迂闊さに呆れる。
三ツ矢は少し顔を近付け、小声で言った。
「そのまま医者の家に居着いて、山へ戻らないなんてことはないよな？」
「それはありませんよ。用が済んだら山に戻ります。……必ず」
三ツ矢の懸念を打ち消す。双魚自身、中途半端な状態で譲葉を放り出すつもりはない。そもそも、医師に教えを請うのは、譲葉の為でもあるのだ。
「この町は、人が多いのに医者は少ない。手伝いを頼まれて、人のいいお前に断れるのか？」
そのままずるずる、風邪の季節が終わるまで、医師の許に居るのではないか。
双魚は自分でも、三ツ矢と同じ予想をし、何とも言えない表情になった。食事の手を止め、三ツ矢の目をまっすぐ見詰める。
「戻るよ。山の民だって、冬は病気や怪我をしやすいでしょう？ 手が赤切れになったり、風邪引いたり、凍傷になったり……」
「そうか。信じてるぞ。【跳躍】は使えるのか？」
表情を緩め、三ツ矢が問う。双魚は頷いた。
「勉強が終わらなくても、五日経ったら戻ります」
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第03章.カルサール湾
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