■薄紅の花 03.カルサール湾-06.魔法使い （2015年08月23日ＵＰ）
三日目は、町へ出て、薬屋に向かった。
宿の主人に教えられた道で看板を探す。
迷うことなく、すぐに見つかった。集めた薬草をそれぞれ半分ずつ渡し、保存食五日分を受け取った。
癒しの術の使い手が少ないからか、ここでは薬が高値で取引されている。双魚は、思ったより多い保存食に戸惑った。
双魚の故郷では、大抵の子供が、ちょっとした傷なら自分で治していた。ここでは、そのちょっとした傷を癒す為に、薬が必要なのだ。
魔法が使えないのって、やっぱり不便だよな……
宿に戻りながら、双魚は道行く人を眺めた。子供は膝に瘡蓋をつけたままだった。少しの擦り傷なら、それでもいいのだろうが、火傷やそれより大きな傷は、治るまでに時間が掛かる。その間に膿んで重症化し、生命を脅かされることすらあるのだ。
薬草はいっぱい生えてるのに、何でみんな、家で薬を作らないんだ？
魔法薬としての【傷薬】は、【思考する梟】の術で作る。呪文を知らなくても、水の術で薬草の水分を抜き、乳脂で煎じて膏薬を作ることならできる。魔法薬ではない為、効力は弱いが、傷の治りをよくする薬になる。
つらつら考えながら歩く。向かいから歩いてくるよく肥えた男が、手拭いでしきりに汗を拭っていた。肥えた男とすれ違い、その汗の匂いで、暑さに気付いた。
あ、そうか。作るのにも魔力が要るんだった……
普段、何気なく使っている様々な術を思い、改めて周囲を見た。ベルーハの人々は、夏の暑さをそのまま受けている。だから、こんな薄着なのだ。建物の影で立ち話をするご婦人方は、扇で風を送っていた。
魔法薬は、ただ材料を組み合わせて煎じるだけではできない。魔力を籠め、素材の霊的な性質を結び合わせなければならない。魔法で作った薬は、癒しの術程ではないが、すぐに変化が現れる。例えば、傷薬なら、朝、傷口に塗れば、昼には痕も残さず治る。
ここの人達って、どのくらい痛いの我慢しなきゃいけないんだろう……
すり傷ひとつも放置せず、すぐに術で癒す。双魚にとってそれが当たり前で、何もしなければ、治癒にどの程度時間を要するかすら、わからない。
改めて、魔法を使えないことの不便と不利益を思った。
大変だよなぁ……
昼食を摂りながらも、魔法が使えない暮らしについて考える。
宿の主人は魔法が使えるらしい。術で水を起ち上げ、皿を洗っていた。カウンターから見える調理場では、【炉】が炎を上げ、魚を焼いている。
ご飯作るのに、いちいち木を燃やすって、一体、何本要るんだ？
空になった皿を見詰めていると、約束通り、山の民が訪ねて来た。先日と同じ、呪文を刺繍した濃い緑の服だ。【跳躍】したのだろう。汗ひとつかいていない。
双魚は改めて山の民を見た。
三十代半ばに見えるが、長命人種なら、その限りではない。陽に焼けた浅黒い肌。強い意志を宿した眼、頭に巻いた布から、艶やかな黒髪が覗いている。衣服の上からでも、逞しい体つきがわかった。
連れ立って町の東門を出る。この町も防壁内では、【跳躍】できないらしい。
双魚は自分の荷物は背負い袋に、薬草は効力を失った無尽袋に入れ、山の民の後について行った。
街道の石畳に沿って少し歩き、楠の木陰で立ち止まった。山の民が、小枝で地面に簡単な地図を描く。双魚は船で見た地図を思い出した。カルサール岬付近を描いたらしい。
山の民は、岬の西の付け根に小さな円を描き、自分と双魚、最後に地面を指差した。現在地らしい。
双魚が頷くと、その北側に波線を描いた。山脈らしい。山脈は岬のずっと東まで続いている。
岬の東の付け根に四角を描き、円と四角の中間あたりの山中に三角を描いて、双魚を見た。頷き返すと、円、三角、四角の順で線を引き、繋いだ。
三角が山の民の村なのだろう。
山の民が、三角を指差し、自分と双魚を指差す。
双魚が頷いて同意を示すと、山の民は【跳躍】の呪文を唱えた。
「鵬程を越え 此地から彼地へ駆ける 大逵を手繰り 折り重ね 一足に跳ぶ この身を其処に」
普段話す言葉は全く異なるのに、呪文は一言一句違わず同じだ。
当たり前と言えば当たり前だが、双魚は不思議な気分になった。
風景が一変する。
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第03章.カルサール湾
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