■薄紅の花 03.カルサール湾-09.薄紅の夢 （2015年08月23日ＵＰ）
村人達は、葉の輪と三ツ矢から、双魚の仕事ぶりを聞いたらしい。
翌日の夕方には、自分が知る限りの薬草やきのこ等を、持てるだけ持った者達が、村長宅に列を成した。
双魚は村長に頼んで、当分、薬草を採って来ないよう、村人に伝えてもらった。百人足らずの村だが、採り尽くしかねない勢いだった。
その夜は、寝ずに素材の分類と整理をした。
まだ生きている虫から、術で水を抜き、干物にして手近の箱に入れる。何匹か、水抜きの前に逃げられたが、仕方がない。
薬草やきのこも、種類毎に分けて水抜きをする。
朝食で作業を中断したが、一晩中掛かっても、まだ手付かずの薬草の山が残っている。
村長は、この家に一人で暮らしていた。この村の者は、殆どが村長の身内で、他所から来た嫁や婿だけが、血縁のない者だった。
朝食を食べながら、そんな話をしていると、三ツ矢と孫娘が入って来た。
食後、双魚は村長に通訳してもらい、三ツ矢と孫娘にも、水抜きを手伝ってくれるよう頼んだ。二人は喜んで引き受けてくれた。
孫娘は幼いながらも、水を操る術が巧みで、双魚の説明通りに薬草から水を抜いた。途中から村長も加わり、四人掛かりで水を抜く。
昼前に漸く、乾燥作業が終わった。
山中の村は街より涼しいが、暑いことに変わりない。折角の薬草を腐らせずに済み、双魚は安堵した。
ありがとう、と声を掛けると、孫娘から笑顔が返ってきた。双魚の頬も弛む。気も弛んだのか、眠気に見舞われ、昼食まで休ませてもらった。
遅い昼食の後、まだ眠気の残る頭で傷薬を作る。呪文を唱えていると、だんだん目が覚めて来た。
孫娘は、双魚が薬草と油を緑の液体に変える様子を、食い入るように見詰めている。完成した薬を入れた壺に、油紙で蓋をするのを手伝ってもらった。
役に立てたのが嬉しいのか、孫娘は誇らしげに、自分が封をした壺を眺め、祖父に見せている。
俺も、こうだったのかな……
双魚は、祖父母のあたたかな眼差しを思い出した。胸が締め付けられ、涙が滲む。
目を閉じ、細くゆっくりと息を吐き出す。震える息を吐き切り、双魚は目を開けた。
三ツ矢と孫娘の心配そうな顔があった。
「まだ……疲れてるみたいで……今日は休ませて下さい。明日から、作り方、説明します」
「そうか。無理をさせて済まんな。村の者にもよく言っておく。ゆっくりしてくれ」
村長の葉の輪に労われ、双魚は与えられた部屋に戻った。
ベッドに潜り、瓶を取り出す。父の工房で産まれた魔法生物も、父の工房で作られた瓶も、何も言わず、双魚の手の中に在った。
薄紅色の小瓶を握ったまま、眠りに落ちる。
養父母を思い出したからか、森の丸木小屋の夢を見た。
無人の丸木小屋の前で、アーモンドが咲き誇っている。
実家の庭だった。アーモンドの大木は、満開の花をつけ、蝶や蜜蜂を迎えている。
無人だと思っていたが、傍らに誰か居るらしい。振り向くと、花吹雪が舞い、視界が薄紅色に染まった。確かにそこに居る筈だが、姿は見えない。
呼ぼうとして、口を開き掛けたが、呼び名を知らないことに気付き、愕然とする。
……どうして、教えてもらわなかったんだろう。
激しい後悔に俯く。足下には、灰が厚く積もっていた。しゃがんで灰の小山に手を入れる。
何かを探そうと思っていたが、何を探そうとしていたのか、思い出せない。
さらさらと崩れる灰の中から、薄紅色の小瓶が出て来た。
あぁ、何だ、こんな所に居たのか……
そっと拾い上げ、両手で包みこむ。
そこで目が覚めた。
その手の中に固い物がある。使い魔の小瓶だ。夢の中同様、大人しく双魚の手に握られている。
部屋は真っ暗で、何も見えなかった。小瓶をポケットに入れ、ベッドに身を起こす。
外の叢で夏の虫が鳴いている。虫の音の中に何かを刻む音が混じっている。葉の輪が石板を刻む音だ。
立ち上がり、壁を伝って部屋を出た。
葉の輪は、作業場で【炉】の石板を作っていた。
石板の中央に魔力の水晶を置く窪みを作り、その周囲に火の象徴と【炉】の呪文を刻む。これなら、魔力を持たない者にも【炉】の術を使うことができた。
戸口に立つ双魚に気付き、葉の輪は手を止めた。
「起きたか。今、晩飯を温め直す。座って待っててくれ」
双魚は小さく頷き、葉の輪の後について、台所に入った。言われるまま、食卓に着く。まだ、ぼんやりして、何も考えられない。
葉の輪は呪文を唱えて火を熾し、鍋を温め直した。兎肉ときのこと野菜が、旨そうな匂いを立ち昇らせる。
湯気を立てる器を双魚の前に置き、葉の輪は向かいに腰を降ろした。
「まだ、疲れが取れんようだな。旅の疲れもあったろうに、気が付かず、申し訳ない」
「いえ、そんな……俺の方こそ、心配掛けてしまってすみません。もう大丈夫です。もう大人なんだから、自分で気をつけなきゃいけないのに、すみません」
「うむ……すまんな。俺の方こそ、長く生きている割に、目配りが行き届かず、面目ない。身内ばかりだと、つい、なぁ。済まない。……冷めない内に食ってくれ」
互いに頭を下げあい、双魚はもそもそと肉入りスープを口に運んだ。滋味がじんわり体に行き渡る。寝起きでぼんやりしている割に、すんなり平らげ、ほっと息を吐いた。
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第03章.カルサール湾
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