■薄紅の花 序章 日之本帝国-02.双魚先生 (2015年04月29日UP)

 数日後、ようやく、日之本帝国国立魔道学院が開校する。
 日之本帝国初の魔道事故から、実に半世紀の歳月を要した。
 午後から、魔力を持つ子供達と、大人達が寮に入居する。
 双魚の担当教科は、除祓概論(じょふつがいろん)。魔物などを除き、場の穢れを祓い清める「お祓い」や「魔除け」など、身を守る方法を教える。
 両輪の国も含め、魔法文明圏の国々では、一般常識だ。
 「俺が先生……か……」
 少年時代を思い出し、口元が笑みの形に歪む。
 入学式には、無精髭を何とかせねばなるまい。焦げ茶の髪には、白い物が混じり、顔には皺が刻まれていた。
 初老に見えるが、双魚の少年時代は、数十年前ではなく、数百年前に遡る。
 魔法文明圏では、人口の一割から三割程度が長命人種(ちょうめいじんしゅ)だ。成長の速度は同じだが、老化は遅く、何事もなければ、七、八百年は生きる。千年近く生きた者も居るらしいが、真偽の程は定かではない。
 老いた双魚の眼が、遠く西の空を仰いだ。
 ここは、チヌカルクル・ノチウ大陸の東端から、海を渡った島国だ。
 祖国は、大陸西部に位置した。勿論、とうの昔に捨てた祖国に未練はない。
 ただ、時折、ふとした拍子に苦い記憶が甦る。
 もう、家族や友人の顔も思い出せない遠い昔。
 この国の歴史の教科書には、どう記されているのか。或いは、記されてすらいないのか。

 そもそも、あの国の歴史なんて、残ってんのか……?

 現在の彼は、二匹の魚が互いに尾を咥え合う徽を身に着けていることから、「双魚先生」と呼ばれるに過ぎない。
 魔法文明圏には、本名を名乗る習慣がない。
 家紋や職業上の肩書などで呼ぶ。本名を知るのは、親(ちか)しい家族だけだ。
 今となっては、「双魚」の本名と本来の家紋を知る者は、本人唯一人。
 桜の傍らに腰を降ろし、空を仰ぐ「双魚」の眼は遠い過去を見ていた。
 五百年余りの時を過ごして尚、忘れ得ない記憶。
 あの日、全てが失われた。

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