■薄紅の花 序章 日之本帝国-01.魔道学院 (2015年04月29日UP)

 桜は、真新しい校舎の脇に植えられたばかりで、まだ細く弱々しい。樹の精は、新しい環境に戸惑っている。それでも、枝先には淡い色の花を咲かせていた。
 この国では、今の時期なら、どこに行っても見られる。ありふれた花だ。
 微風(そよかぜ)に花弁(はなびら)が揺れ、幼い桜の精が、得意げな顔を向ける。双魚(そうぎょ)は頷き、笑って見せた。上手く笑えた自信はないが、桜は嬉しそうに笑みを返してくれた。
 学院の敷地は、呪符師(じゅふし)の筆(ふで)が張り巡らせた結界に守られている。雑妖(ざつよう)は一匹も居ない。
 双魚は、念の為に、と筆から点検を頼まれたが、特に問題は見当たらなかった。
 元々、この日之本帝国(ひのもとていこく)には、双魚の故郷のように強力な魔物は殆ど棲息していない。それどころか、魔力を持つ者も、霊視力を持つ見鬼(けんき)も滅多に生まれない。
 この国の大多数の民は、双魚のようにこの愛らしい桜の精を「視る」ことができない。
 「視えない」にも関わらず、この国の民の多くは、この花を愛し、この花の下で宴を催すのだった。
 西のチヌカルクル・ノチウ大陸から、この島国に渡って九十年余り。毎年見られる平和な光景だ。途中、何年かは戦争が人々に暗い影を投げ掛けたが、花は変わらず、咲いていた。

 人間が人間の敵になるようでは、おしまいだな……

 遠い昔、誰かに言われた言葉を思い出し、双魚は顔を顰めた。
 数日後、最初の子供達がこの学院に入学する。
 幼い子供達は、そんな昔の戦争なぞ、知る由もない。これから、歴史の授業で学ぶだろう。
 歴史は、双魚の担当ではない。

 印暦二二〇五年。本年度開校する国立魔道学院は、魔力を持つ子の為の教育機関だ。
 科学文明国である日之本帝国は、七十年程前に化石燃料を巡る資源問題が持ち上がって以降、両輪(りょうりん)の国との交易に力を入れ始めた。両輪の国は、科学と魔法、ふたつの文明を折衷する国々だ。国家体制は一様ではなく、科学と魔法の割合も一様ではない。
 日之本帝国で、魔力を動力とする機器や部品を製造し、両輪の国へ輸出。両輪の国からは、原料や、魔力を充填した宝石類を主に輸入している。
 製品開発、魔術の研究、商取引、観光……人の流れに伴い、国際結婚が増加。日之本帝国にも、魔力を持つ子が生まれるようになった。
 日之本帝国には、魔力の制御方法を教えられる教育機関はなく、見鬼すら稀な社会での家庭学習だけでは、限界があった。
 その結果、「魔力は持つが、魔法を使えない者」が増加。魔力の暴発事故が発生するに到った。当然の流れとして、魔力を持つ人々は、「危険物」扱いを受け、魔物のように忌み嫌われることすらあった。

 魔力を持つ子への特別教育は、社会的な急務だった。
 未知の領域に属する新規事業であり、また、対象者が少ないことから、重要性、緊急性が高いにも関わらず、予算が付かないまま、徒に歳月が経過した。
 その間にも魔道事故が散発し、魔力を持つ者への白眼視は、更に深刻さを増していった。
 事故の加害者、被害者、その親族らが、魔道教育の必要性を訴える団体を発足。教育現場や、国際交流団体、両輪の国と取引のある企業などが、団体に協賛。一時は私立の学校を設立する機運が高まった。教育課程の特異性から、学校としての認可が得られず、頓挫した。
 約十年前、魔道士の国際機関【蒼い薔薇の森】の勧告を受け、政府が重い腰を上げた。予算が付き、調査と教育関連の法改正が行われた。
 今から二年前には、三歳児検診への魔力測定の導入が義務付けられ、学校、職場、住民健診でも推奨された。魔女狩りだ、と反発する声も上がったが、大きな混乱はなく、受け容れられている。

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