■01-汚屋敷の兄妹-お歳暮 04.オカン(2015年08月30日UP)
赤い綿紐で編まれた鍋敷(なべしき)は、ちょっとした芸術品だ。
複雑に絡み合った紐が、花のような、魔法陣のような不思議な形を成(な)している。上に鍋を乗せて焦がしたり、何かこぼしたりしたら、洒落にならなさそうだ。
マー君が、無造作に鍋敷を摘まんで、ひらひら振った。
「双羽(ふたば)さん、鍋敷なら、ここんちにもあるぞ」
「紐の中心に、王女殿下の魔力を籠められた銀糸が通っておりまして、それを炎の徽(しるし)に編み上げてあります。加熱後の鍋を乗せますと、中身が冷めません。王女殿下のお力ですから、向こう百年は効力が続きます」
双羽さんは淡々と説明した。
「あ、それフツーに便利」
「スゲー……」
藍ちゃんとコーちゃんが、簡潔に感想を述べた。俺も同感だ。
マー君は、ちょっとびっくりした顔で、最後に残ったトートバッグを指差した。
「じゃ、そのオカンアートも、マジックアイテム?」
「左様にございます。【軽量】の術で、容量は変わりませんが、重量が十分の一になる袋です。【補強】も掛かっておりますので、頑丈ですよ」
「オカンアート付きマジックアイテム……」
流石にツネ兄ちゃんでもフォロー不能なのか、絶句した。
トートバッグの大きさは、十キロの米袋がすっぽり入るくらい。
帆布っぽい厚手の生地で、底側三分の一と持ち手には、さっきの巾着袋みたいな模様が、びっしり入っている。
よく見ると、模様じゃなくて、文字だ。もしかしなくても、これが軽くする魔法の呪文なんだろう。
呪文以外の部分には、カラフルなお花のアップリケが、ランダムに付いていた。どう贔屓目に見ても、オカンアートのセンスだ。
オカンのセンスと言うものは、万国共通、身分の上下も関係ないのか。
呪文だけなら、割とカッコイイデザインで、俺もちょっと欲しいと思うけど、アップリケの破壊力がすさまじい。
どんだけ便利だろうが、俺には無理だ……使えない……
打ちひしがれる俺。真穂がフォローする。
「で、でも、フツーに便利よね? お買い物とか、凄い楽になるよ?」
「スゲー……色んなイミでスゲー……。な、アッ君」
「えっ? いや……あ、うん。凄いゎ」
コーちゃんから急に話を振られ、政晶(まさあき)君が目を泳がせた。
「本家の分は、どうせお祖父ちゃん達、『勿体ない』って仕舞い込んで使わないだろうから、ケンちゃんと真穂ちゃん、持ってお行き」
真知子叔母さんの提案に、俺は固まった。真穂が、微妙に引き攣った笑顔で俺を見る。
鍋敷はいいけど……トートバッグは、仕舞い込んでてもいいんじゃないかな?
マー君が、下衆いことを言う。
「センスはともかく、この国でマジックアイテム買ったら、無茶苦茶高くつくぞ」
「金額の問題じゃねぃが」
「お気持ちが嬉しいですよ。顔も知らない外国の庶民の為に、王女様がわざわざ拵えて下さったなんて」
叔父さんと叔母さんが窘(たしな)めた。
「お兄ちゃんの分は、鍋敷ね。一人暮らしでもちゃんと自炊して」
「お、おう」
「私はお買い物袋。まとめ買いに便利そう。有難うございます」
開き直ったのか、真穂が双羽さんに眩しい笑顔を向ける。
近衛騎士の双羽さんも、にっこりと応じた。
「王女殿下にお伝え致します」
お茶とクッキーは、普通に美味かった。
近衛騎士の双羽さんだけが知っている。
外で使う物が、カッコイイデザインのマジックアイテムでは、盗難に遭う惧れがある為、王女殿下が敢えて、誰も手を出さないようなダサダサデザインに改造したことを……