■02.暖炉ぬくぬくカラスが白い(2016年02月24日UP)

◆1.冬至
 一年で一番、日が短くなる日。

 今年、もう幾度目かの雪が降ってきた。
 分厚い雲が空を塞いで、お日様を隠す。
 雲の分だけ空が低くなり、地に近付く。

 真っ白な雪が、雲間から、後から後から、舞い降りる。
 羽毛のようにふわふわ軽い雪が、風に舞って空で踊る。
 灰色の雲の中から次々と生まれては、地に降りてくる。
 木々はすっかり葉を落とし、幹と枝は雪の白と影の黒。
 灰色の雲と雪の白と影の黒。彩りを失った冬色の世界。

 お昼過ぎには、雪は小さく細かく千切れた。
 さらさらと、灰色の空を埋め尽くして降る。
 さらさらと、粉雪が灰色の空を埋め尽くす。

 ひとりの旅人が、暗い森をとぼとぼ歩く。
 木々は、純白の毛布のような雪をまとう。
 枝に残った赤い木の実は、季節の忘れ物。
 地は、深い雪の毛布の下で、凍えて眠る。
 風は森の外よりも穏やかで、静かだった。

 しんしん、しんしん、降り積む雪が、音を吸いこむ。
 しんしん、しんしん、音を吸いこみ、雪が降り積む。

 雪の上には、ウサギやキツネの足跡が残っていた。
 すぐに雪が降り積もり、あっという間に覆い隠す。
 しんしん、しんしん、粉雪を凍える風が散らかす。
 しんしん、しんしん、降り積む雪がすべてを隠す。

 時々、枝から雪が落ちる他は、旅人が雪を踏む足音しか、聞こえない。
 旅人の吐く息が、雲のようにぽっかり丸く浮かび、風に流れて消える。
 旅人は来た道を振り返った。旅人の足跡も、いつの間にか消えていた。

 しんしん、しんしん、風が吹き上げ、粉雪が舞いあがる。
 しんしん、しんしん、粉雪が舞い散り、風を白く染める。
 しんしん、しんしん、地吹雪が空の粉雪とひとつになる。

 旅人はまた、深い雪を踏みしめて、ゆっくりと歩き出した。

 森の中に土壁の小さな家があった。
 煙突から細い煙が立ち昇っている。
 屋根には真綿の団のように厚い雪。

 しんしん、しんしん、雪が積もる。
 しんしん、しんしん、森が冷える。
 しんしん、しんしん、音が消える。

 いつもより早く日が暮れて、一年で一番長い夜が来た。

 しんしん、しんしん、雪と夜の帳が下りて。
 しんしん、しんしん、すべてが息を潜めて。
 しんしん、しんしん、どこまでも続く夜へ。

◆2.お客
 小さな手が、その家の戸をたたいた。
 風の音にまぎれて、消えてしまいそうに、かすかなノックだった。
 それでも、おばあさんは小さなお客に気付いて、戸を少し開けた。
 戸をたたいたのは、リスだった。
 木の上では、白いカラスがリスを見ていた。
 雪に埋もれて誰もカラスに気付かない。
 戸をたたいたリスは言った。
 「おばあさん、こんばんは。あたたかいおうちへ、いれてください」
 「そうかい。じゃあ、薪を持っておいで。そしたら入れてあげるよ」
 リスは森へ走り、おばあさんは戸を閉めた。

 しばらくして、リスは毛糸のように細い小枝を一本、くわえて戻ってきた。
 おばあさんは、リスを小さな家へ入れた。
 リスはおばあさんの右肩に乗って、暖炉にぬくぬくあたった。
 小枝をくべると、火は赤々と燃え、薪はパチパチ音を立てた。
 木の上では、白いカラスがリスを見ていた。
 雪にまぎれて誰もカラスに気付かない。

 しんしん、しんしん、一年で一番長い夜に雪が降る。
 しんしん、しんしん、冷たい風に煽られ粉雪が舞う。
 しんしん、しんしん、枝がしなりバサリと雪が下へ。
 しんしん、しんしん、枝先の閉じた冬芽に雪が降る。

 その家の窓をコツコツコツと叩く者があった。
 おばあさんが雪に埋もれた窓を見ると、スズメが一羽、ふるえていた。
 小さな小さなくちばしで、灯の漏れる窓をたたいた。
 風の音にまぎれて、消えてしまいそうに、かすかなノックだった。
 木の上では、白いカラスがスズメを見ていた。
 雪に埋もれて誰もカラスに気付かない。
 おばあさんは小さなお客に気付き、肩にリスを乗せて、窓辺に立った。
 窓をたたいたスズメが言った。
 「おばあさん、こんばんは。あたたかいおうちへ、いれてください」
 「そうかい。じゃあ、薪を持っておいで。そしたら入れてあげるよ」
 スズメは森へ飛び、おばあさんは暖炉の前の椅子に戻った。

 しばらくして、スズメはワラを一本、くわえて戻ってきた。
 おばあさんはスズメを家へ入れた。
 スズメはおばあさんの左肩に止まって、暖炉にぬくぬくあたった。
 一本のワラをくべると火は赤々と燃え、薪はパチパチ音を立てた。
 おばあさんは、カゴから毛糸と棒を出して、編み物の続きをした。
 木の上では、白いカラスがスズメを見ていた。
 雪にまぎれて誰もカラスに気付かない。

 ちらちら、ちらちら、風が止み、闇に雪が舞う。
 しんしん、しんしん、池が凍り、木に雪が積む。
 ばきばき、どさどさ、枯枝が折れ、雪が落ちる。
 しんしん、しんしん、冬芽は、じっと春を待つ。

◆3.暖炉
 小さな手が、その家の戸をたたいた。
 風の音にまぎれそうな小さなノック。
 それでも、おばあさんは小さなお客に気付いて、肩にリスとスズメを乗せて、戸を少し開けた。
 戸をたたいたのは、ウサギだった。
 木の上では、白いカラスがウサギを見ていた。
 雪に埋もれて誰もカラスに気付かない。
 戸をたたいたウサギが頼んだ。
 「おばあさん、こんばんは。あたたかいおうちへ、いれてください」
 「そうかい。じゃあ、薪を持っておいで。そしたら入れてあげるよ」
 ウサギは森へ走り、おばあさんは戸を閉めた。

 しばらくして、ウサギはおばあさんの指の太さの小枝を一本、くわえて戻った。
 おばあさんはウサギを家へ入れた。
 ウサギはおばあさんの膝の上に乗って、暖炉にぬくぬくあたった。
 一本の小枝をくべると火は赤々と燃え、薪はパチパチ音を立てた。
 おばあさんは、毛糸と編み棒を手に取って、編み物の続きをした。
 木の上では、白いカラスがウサギを見ていた。
 雪にまぎれて誰もカラスに気付かない。

 しんしんと、更ける冬の夜、しんしんと、凍える森。
 ぐぐぐっと、冬芽は閉じて、もくもくと、耐える樹。
 あかあかと、灯る家の灯火、あかあかと、燃える炉。
 ぬくぬくと、互いに持寄る。あたたかな家の楽しみ。

 灯の漏れる窓をコツコツコツと叩く者があった。
 おばあさんが雪に埋もれた窓を見ると、ヤマバトが一羽、ふるえていた。
 木の上では、白いカラスがヤマバトを見ていた。
 雪に埋もれて誰もカラスに気付かない。
 ヤマバトは小さなくちばしで、この家の窓をたたく。
 風の音にまぎれてしまいそうに小さなノックだった。
 おばあさんは小さなお客に気付き、肩にリスとスズメを乗せ、ウサギをだっこして、窓辺に立った。
 窓をたたいたヤマバトは頼んだ。
 「おばあさん、こんばんは。あたたかいおうちへ、いれてください」
 「そうかい。じゃあ、薪を持っておいで。そしたら入れてあげるよ」
 ヤマバトは森へ飛び、おばあさんは暖炉の前の椅子に戻った。

 しばらくして、ヤマバトは小さな箒のような柴の小枝を、くわえて戻ってきた。
 おばあさんはヤマバトを家へ入れた。
 ヤマバトは、おばあさんの肩にスズメと仲良く並んで、暖炉にぬくぬくあたった。
 小さな箒のような柴の小枝をくべると火は赤々と燃え、薪はパチパチ音を立てた。
 おばあさんは、カゴから毛糸と編み棒を出して、少し進んだ編み物の続きをした。
 木の上では、白いカラスがヤマバトを見ていた。
 雪にまぎれて誰もカラスに気付かない。

 みんなでぬくぬく、暖炉を囲み、おばあさんの編み物を見る。
 みんなでぬくぬく、火が赤々と燃え、薪はパチパチ音が鳴る。
 みんなでぬくぬく、それぞれの薪で、ぬくもりを分かち合う。

◆4.手紙
 茶色い手が、その家の戸をたたいた。
 風の音と間違えそうなノックだった。
 それでも、おばあさんはお客に気付いて、肩にリスとスズメとヤマバトを乗せ、ウサギをだっこして、戸を少し開けた。
 戸をたたいたのは、キツネだった。
 木の上では、白いカラスがキツネを見ていた。
 雪に埋もれて誰もカラスに気付かない。
 戸をたたいたキツネが頼んだ。
 「おばあさん、こんばんは。あたたかいおうちへ、いれてください」
 「そうかい。じゃあ、薪を持っておいで。そしたら入れてあげるよ」
 キツネは森へ走り、おばあさんは戸を閉めた。

 しばらくして、キツネは椅子の脚の太さの枝を一本、引きずって戻った。
 おばあさんはキツネを家へ入れた。
 キツネは、おばあさんの椅子の下へ座って、暖炉にぬくぬくあたった。
 引いてきた枝をくべると、火は赤々と燃え、薪はパチパチ音を立てた。
 おばあさんは、毛糸と編み棒を手に取って、また編み物の続きをした。
 木の上では、白いカラスがキツネを見ていた。
 雪にまぎれて誰もカラスに気付かない。

 雪は白いカラスの上にも、しんしんと降り積もった。
 カラスに降る雪は、森にもしんしんと白く重なった。

 旅人が、綿雲のように白い息を吐きながら、森の中の小さな家を訪れた。
 トントントン。
 風にまぎれることのない、しっかりしたノックだった。
 おばあさんは、できあがった手袋をして、肩にリスとスズメとヤマバトを乗せ、ウサギをだっこして、キツネと一緒に戸を少し開けた。
 「おばあさん、お手紙を預かってきました」
 「まぁまぁ、ありがとうね。何もないけど、あったまって行ってちょうだい」
 おばあさんが戸を大きく開けて、旅人を迎え入れる。
 木の上で雪に埋もれていた白いカラスが、雪を払い落として飛んだ。
 旅人の頭を飛び越えて、まっすぐに暖炉へ。
 火は赤々と燃え、薪はパチパチ音を立てる。

 白いカラスは誰よりもあたたまろうと、火に近付いた。
 近付きすぎて、雪のように白い羽は、焦げて煤だらけ。
 カラスはあまりの熱さに驚いて、家の外へ飛び出した。

 旅人が預かってきたお手紙には、こう書いてあった。

 「おばあさんへ。
 今日は冬至です。
 一年で一番長いこの夜が明ければ、少しずつ日が長くなります。
 どんなにか夜明けが遠くに見えても、明けない夜はありません。
 あたたかくして、冬の一番底を乗り越え、春を迎えてください」

 カラスは、雪の中を飛んで飛んで飛んで、逃げて逃げた。
 やっと翼が冷える頃には、すっかり真っ黒になっていた。
 その時から、カラスの羽は、炭と同じ色になったと言う。
 そんな、遠い遠いずっとむかしの物語。

【挿絵】暖炉ぬくぬくの動物たち
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